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WWEが“NWAの聖地”セントルイス侵略――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第31回

「フミ斎藤のプロレス講座別冊」月~金更新 WWEヒストリー第31回


 ビンス・マクマホンの全米マーケット進出プロジェクトはすでに具体化していた。ボブ・バックランドがアイアン・シークに敗れWWEヘビー級王座を失った翌日、ミズーリ州セントルイスのチェイス・ホテル内の常設TVスタジオではいつものようにプロレス番組の録画撮りがはじまろうとしていた(1983年12月27日)。

WWEが“NWAの聖地”セントルイス侵略

ビンス・マクマホンの全米マーケット制圧プランのプロローグは、NWAの“総本山”セントルイスへの侵攻だった。NWA崩壊はここからはじまった(1983年12月27日)

 セントルイスのチェイス・ホテルは、それまで30年以上にわたりNWAセントルイス地区のテレビ番組“レスリング・アット・ザ・チェイス”の収録がおこなわれてきたロケーション。いつもとちがっていたのは、スタジオ内に設営されたリングがNWAのものではなかったことだった。

 “NWAの聖地”セントルイスではこの1年まえに大きな変動が起きていた。NWA発起人メンバーであり、セントルイスの大プロモーターだったサム・マソニック(当時76歳)が1982年1月に引退。ボブ・ガイゲル、ハーリー・レイス、バーン・ガニア、パット・オコーナーの4者が共同出資でマソニックからセントルイスの興行権を買いとった。

 NWAの看板はそのまま残され、本拠地キール・オーデトリアムでの定期戦もそのまま継続されたが、いまになってみるとマソニックの引退は“巨大カルテルNWA”の終えんを意味していた。ガイゲル、レイス、オコーナー、そしてAWAオーナーでもあるガニアによるどこか足並みのそろわない合議制は、結果的にNWAを弱体化させ、組織の分裂を加速させた。

 ビンスは、セントルイスのローカル局KPLR-TVからテレビ番組“レスリング・アット・ザ・チェイス”そのものを買収した。WWEとKPLR-TVの契約は、週にいちどの1時間番組の“放映時間”を1週あたり2100ドルずつ、年間50週分(複数年契約)、WWEがテレビ局側に支払うというものだった。

 NWAサイドにとっては寝耳に水のできごとだったが、NWAのテレビ番組はなんの前ぶれもなく消滅し、同じチャンネルの同じ時間帯にWWEの新番組が出現した。

 ミズーリ州とその周辺エリアに住んでいるプロレスファンにとっては、いつものようにいつもの時間にテレビをつけて、いつものチャンネルに合わせてみたら、そこではNWAではなくてWWEのプロレス番組を放映していたというシチュエーションだった。

 テレビをライブ興行用の宣伝媒体としかとらえていなかったガイゲルやガニアにはテレビ局から“放映時間”を買うという発想がどうしても理解できなかった。

 その日、ビンスといっしょにチェイス・ホテルのスタジオに姿をみせたのはハルク・ホーガン、ロディ・パイパー、デビッド・シュルツ、AWAの名物アナウンサーだったジーン・オークランドといったWWEのニューカマーたちだった。ホーガンとシュルツは、ほんの1カ月まえまでAWAのリングで因縁ドラマを演じていた。

 ホーガンがWWEとの契約書にサインをした場所は、地球の裏側の東京・新宿の京王プラザホテルだった。ビンスは、新日本プロレスの『第2回MSGタッグ・リーグ戦』に出場中だったホーガンをニューヨークから東京まで追いかけてきた。雑音のないところのほうがビンスにとっても都合がよかった。

 1980年代前半、ホーガンは新日本プロレスとAWAの2団体をホームリングにしていた。日本でのトレードマークは“一番”と漢字の刺しゅうが入った黒のトランクスとシルバーのリングシューズだった。キャリア5年の“若手”ホーガンは、絶対的なベビーフェース像をアントニオ猪木から学んだ。

 ホーガンは東京からミネアポリスのガニアのオフィスに「もう戻りません」と電報を打ったが、ガニアからの返答はなかった。いまとなっては信じられないようなはなしではあるが、AWAとホーガンは文書による契約書のようなものを交わしていなかった。ガニアはホーガンが出場しないことを知りながら、ホーガンの試合をメインイベントにラインナップしたクリスマス・ショーの宣伝をつづけた。

 ホーガンは、ミネソタ州セントポールで開催されたAWAのクリスマス・ショーを欠場し、それから2日後にセントルイスにやって来た。AWAからヘッドハンティングされたアナウンサーのG・オークランドは、テレビカメラに向かって「ブランド・ニュー・エラ。プロレスの新しい時代のはじまりです!」と連呼した。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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