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風俗店で一回の射精と一回の恋をして気づく「人を好きになるのに理由なんていらない」――爪切男のタクシー×ハンター【第十四話】

 その夜、私は一回の射精と一回の恋をした。  可愛い風俗嬢と私に両の目を入れられたこの世に一つだけのダルマが私の手の中にある。左右非対称の少しズレた感じの汚い目が何とも可愛らしい。厄介な家族が一人増えてしまった。「バイバーイ!」と体全体で別れの挨拶をしながら、彼女は渋谷の夜の街に消えて行った。彼女の後ろ姿が見えなくなったのを確認してダルマと目を見合わせる。 「こんな日は歩いて帰るか」  今日はタクシーって気分じゃない。夜風に身を凍えさせながら歩いて帰ろう。ダルマを胸に抱え、私は家路に着く。十三階建てマンションの十三階で愛する女が私の帰りを待っている。愛する男がダルマを持って帰ってきたら彼女はどんな顔をするだろう。きっと笑顔で迎えてくれるだろう。そして私は「やっぱりこいつの笑顔が一番可愛いな」と、また都合良く恋に落ちるのだろう。夜風に吹かれながら自分の好きな歌をふらりと口ずさむ。くるりの「東京」。この曲は本当に風俗帰りによく合う曲だ。私はこんなことをするために東京に来たんじゃないが、これはこれで良いと思う。  翌日、社長をはじめ従業員の誰もが、ダルマが無くなっていることに全く気づいていなかった。 爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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