チンコのような温かさで私を強くきつく抱きしめて――爪切男のタクシー×ハンター【第十三話】
―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。
【第十三話】「早くお家に帰ってオナニーをしよう」
「飾りじゃないのよ涙は」とまでは言わないが、人よりは泣くことが少ない人生を送ってきたように思う。
初めて人前で泣いたのはいつだったか。おそらく小学校高学年の時になる。私が通う田舎の小学校に、フランス人の可愛い女の子が転校してきた。貿易業を営む両親の都合で半年間だけ日本に滞在するのだという。人形のように美しい容姿と人見知りをしない明るい性格も合わさり、彼女は一躍うちのクラスの人気者となった。私は特に親しく話す機会はなかったのだが、音楽の授業で、幼少から学んでいるピアノの腕前をみんなの前で披露した時の、彼女の横顔の美しさを大人になった今も鮮明に覚えている。
半年後、母国に帰る彼女の送別会が開かれた。生徒一人一人が彼女への別れの手紙を読み上げ、両手で持ちきれないほどの大きな花束を渡した。少しだけ上達した日本語で「ズットトモダチデス、アリガトウ」と彼女は泣きながら言った。お別れ会のラストは、彼女から私達にお返しのプレゼントがあるということで、クラス全員が横一列に並ばされた。彼女は照れ臭そうに一人一人のほっぺたに軽くキスをしていった。いかにも外国人が考えそうなことだなと心の中で悪態をつきながらも、自分の順番が来るのをいまかいまかと待ちわびていた。いよいよおとずれたキスの瞬間、彼女は私のほっぺたにはキスをせず、キスをしたかのような演技をした。その瞬間、私の中にある女性への歪んだ感情が決壊してしまった。
「母親にも捨てられ、外国人の女にさえキスを拒まれるのか」
私は大声を上げてワンワンと泣き出してしまった。母親がいないことでいじめられても、家に取り立てに来た借金取りにいじめられても、親戚の寺の坊主に悪魔の子供と罵られてお祓いをされても決して泣かなかった私が、初めて人前で悲しみをこらえ切れずに泣いた。それにもかかわらず、泣いた場面が感動的な別れの場面だったため、私は、彼女との別れをこらえ切れずに泣いている男になってしまった。普段から感情をあまり出さない私の涙を見て、クラスで一番のブスが、楽器のテルミンのような不思議な音を立てながらもらい泣きをした。担任の先生も私の本当の悲しみには全く気付かずに、感動の涙を流していた。フランス人の彼女はその様子を不思議そうな顔で眺めていた。
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!
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