みんながみんなそれぞれに“プロレスの定義”を探している――フミ斎藤のプロレス読本#002【プロローグ編2】
“いまの世代”と“型”。たったふたつのフレーズで藤波さんはすべてをいい表した。いまの世代の選手たちというのは、この時点で実力的にも体力的にもピークにある選手たち。武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也、馳浩、佐々木健介あたりだろう。
もともとそれほど饒舌なほうではない藤波さんは、コトバに飾りをつけない。必要以上のことはいわないから“いまの世代”から自分自身を除外していることはすぐにわかる。
じっさい、闘魂三銃士世代と藤波さんとでは年齢にしてだいたい10歳くらいの開きがある。レスリングに限らず、あらゆる面でひと世代はなれている。
藤波さんと同世代のプロレスラーは長州力であり、藤原喜明であり、天龍源一郎やジャンボ鶴田であったりする。そして、そのまたひとつ上の世代は“アントニオ猪木”であり“ジャイアント馬場”だ。
藤波世代が猪木世代――あるいはアントニオ猪木個人――に対して抱いている感情と、闘魂三銃士世代が藤波世代に対して抱いている気持ちはまったくちがう。
猪木世代は日本のプロレスを構築したジェネレーションで、藤波世代は、猪木世代=イコール=プロレスという長い長い絶対主義のあとに出てきた“プロレス純血主義”のグループである。
だから、猪木世代との断層を表すために“俺たちの時代”“ニュー・リーダーズ”といったコンセプトを観客に提示する必要に迫られ、じっさいにそうしてきた。これに対して、闘魂三銃士世代にとっての藤波世代の一群は、どちらかといえば上でつっかえている人たちということになる。これはあくまでもアスリートとしての感覚だ。
運動選手としての体力、身体能力を比較したら、藤波世代はすでに闘魂三銃士世代にはかなわなくなっているかもしれない。新日本プロレスのリングには“4番”を打てるバッターがゴロゴロいる。
だからこそ、いまになって藤波さんのプロレスがクローズアップされてきた。ようするに、だれよりもプロレスらしいプロレスをやっているのが藤波さんだったということである。
新日本プロレスのリーダーになった長州はつねづね「藤波という男の存在を忘れちゃいけない」と公言し、藤原組長は藤原組長で藤波さんを固有名詞として“フジナミタツミ”とフルネームで呼ぶ。
彼らは藤波さんをほめたたえることにまったく抵抗がない。武藤が「プロレスはゴールのないマラソン」とプロレスを定義したことがあるが、藤波世代のレスラーたちもまたゴールのないマラソンを走りつづけてきた。
藤波さんはつねにトップランナーとして同世代の仲間たちをリードしてきた。そうすることができたのは、藤波さんが古典的、伝統的なプロレスの型を身につけていたからだ。長州も藤原もそういう藤波にジェラシーを感じ、藤波さんを追いかけながらオリジナルのレスリング・スタイルを創ってきた。
藤波さんのレスリングがトラディショナルな型だとすると、あとから出てきたすべてのレスラー、すべてのスタイルはそれ以外のなにかということになる。プロレスの型を探求しているうちに、いつのまにか藤波さん自身が“型”になっていた。
“いまの世代”のレスラーたちにとって、猪木イズムはひじょうに遠い概念になりつつある。新日本イズムあるいは新日本スタイルとは、藤波世代が昭和から平成にかけて培ってきたプロレスを指している。
“藤波辰爾”はいちばんオーソドックスなプロレスの“型”だから、その型は闘魂三銃士世代とそのまたあとにつづく世代のプロレスラーたちにとって、ずっとずっとお手本でありつづけなければならないのである。(つづく)
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文/斎藤文彦 イラスト/おはつ1
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