更新日:2021年11月05日 08:01
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ラブホは独りで泊まる大都会のオアシスであり、快適空間だ/文筆家・古谷経衡

独りラブホ考現学/第1回  かくいう私は、独りでラブホテルへの宿泊や休憩に、これまでの人生で少なく見積もっても最低で300万円を使ってきた。正確に数えたことは無いが、現実的には500万円に迫ると思われる。ここで重要なのは「2人で」ではなく「独りで」ラブホテルを使用する点である。なぜ「2人」で入ることが前提のラブホテルに独りで宿泊せねばならないのか。別段、入室してからその手のサービスに電話をして異性を呼び出すわけでは無い。私は純然たる宿泊、休憩の名目でこれまで上記の巨費を、独りラブホテルに費やしてきたのである。  なぜか。私は典型的な夜型人間で、かつ移動のほとんど全てを自家用車に頼っている。私の標準的な一日のスケジュールは、朝4時まで原稿を書き、同5時頃就寝。昼過ぎに起きて風呂に入る―、というスタイルである。  もうお気づきであろう。通常のシティホテルやビジネスホテルは、私のような夜型人間のライフスタイルには全く適応していない。一般的なホテルのチェックインは14時から15時の間。チェックアウトは通常午前10時である。朝の5時に寝ては、チェックアウトまで残り5時間も無い。私のライフスタイルに合わせたホテルでの充実した睡眠時間を確保するには、はじめからシティホテルを連泊するしかない。そうすると、料金は当然二倍か、それ以上かかる。実に不経済だ。  その点、ラブホテルには細かい宿泊の選択肢がある。地域や場所によって異なるが、宿泊の場合、チェックインは概ね夜19時から(第一部)、あるいは23時過ぎからの(第二部)の二段構え構成。チェックアウトはたっぷり遅めの15時、ないし「チェックインしてから12時間~16時間の滞在を保証」というプランもある。夜型人間にとってはこれほどの救いはない。究極的にはチェックアウトの時間を気にしなくても済むのがラブホ最大の利点だ。  もっと嬉しいのが平日のサービスタイム。朝6時にチェックインすれば、夜19時まで宿泊料金よりも廉価で惰眠をむさぼることが出来る。しかもその廉価度合いというのが首都圏近郊のロードサイドに於いて概ね五千円未満である。訪日外交人が急増し、ホテル需要が逼迫する中、五千円を出しておつりが来る宿泊施設は、本邦に於いてラブホテルしか無いのだ。

浮き彫りになるビジネスホテルの貧弱性

 侮るなかれ、ラブホの利点はこの柔軟な滞在時間だけでは無い。駅前の、狭小空間に建設されたロケットのようなビルジングだらけの日本の標準的なビジネスホテルは、はっきり言って絵に描いたような後進性を持った封建的旧弊であり、アンシャンレジーム(旧体制)の残滓である。  13㎡に満たない、ウサギ小屋のような狭い居室はシングルベッドを置いただけで圧迫される。浴室は必ずユニットバスで、便器と浴室はカーテン一枚で遮蔽されている。映画を見ようと思えば別途千円のVOD(ビデオオンデマンド)のパッキンが要求される。シャンプーとリンスは、見たことの無い安っぽいブランドで、化粧水も乳液も無い。ルームサービスは存在しないし、車を止めると別途駐車場料金が二千円請求される。これで一泊、一万円を平気で取る都心のビジネスホテルはざらである。ホテル後進国とは本邦のことを言うのでは無いか。余りにも酷すぎる。  しかし一転してラブホはどうだろうか。居室は30㎡をゆうに超える。どんな安い部屋でも綺麗にリネンされたキングサイズのダブルベッド。凝った室内調度。天井は高い。圧迫感も無い。枕元のコントロールパネルを操作すると有線から低いバッハが流れている。  浴室は独りでは十分と思える巨大な作りになっているどころか、大抵はジャグジーと浴室内テレビが付いている。ここで缶チューハイを空けながら朝一番のニュースを見てまどろむも良し。カーテン一枚向こうに便座が見える、というような19世紀的原始的な設計はラブホには一切存在しない。  VODと駐車場料金は全て室料に含まれている。シャンプーとリンスは、大抵フロント脇で無料レンタル品目から選ぶことが出来る。そればかりか、コンタクトレンズ洗浄機、マイナスイオンドライヤー、美顔器、電動マッサージャーの類いは全てフロント9番に電話すれば無料で直送される。  いまやビジネスホテルはコストのかかるルームサービスをやっていないところが多いが、ラブホは違う。24時間365日態勢で、アルコール類からドリア、カツ丼、塩ラーメンまで注文できる。そしてその注文は全て液晶パネルで操作するという最新鋭の近代的なシステムと連携している。  化粧水や乳液は勿論、高級メーカーの洗顔料、清潔なタオル(大・小)が二組、常に完備されている。こうしたラブホは、都心であってもほとんどが既存のシティホテルと同等かそれよりも安い宿泊料金である。単純に、施設の面を以てしてもラブホのCP(コストパフォーマンス)は良すぎるのだ。加えて言うならば、現在、ほとんどのラブホテルは無料WI-FIが完備されているのでビジネスマンでも安心。同じ1万円なら、ビジネスホテルよりもラブホが良い、というのは、どんなに頑迷な保守主義者でも合理的であると分かろう筈のものだ。
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ラブホ=情交の固定観念は解体するべし
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(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数

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