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人形研究者が映画『プーと大人になった僕』を分析――ぬいぐるみとの別れと再会はなぜ感動的なのか

――え、そこですか!?

菊地:プーさんが、大人になったクリストファーの家にやってきてハチミツを食べるシーンでも、テーブルや床をベタベタに汚すところが、明らかに強調されているんです。

本やアニメではプーさんのかわいさにごまかされていたけど、実際にぬいぐるみがハチミツを食べるとどうなるか、というのを、実写版では逃げずに描いた。そこが素晴らしいですね(笑)。

“移行対象”としてのプーさんとの“お別れ”


――菊地先生の『人形メディア学講義』では、“移行対象”を扱った章の中で、「くまのプーさん」が例に出てきますね。

菊地:“移行対象”というのは心理学者のウィニコットが提唱した概念で、主に乳幼児が、成長段階でお母さんの代わりとして求める毛布やぬいぐるみのこと。スヌーピーでおなじみの『ピーナッツ』に出てくる“ライナスの毛布”が有名ですよね。

一般的に、自立・成長の過程で、移行対象とは“お別れ”をするのが望ましいと思われています。実際、私の講義を受けた学生の中にも、子供の頃に大切にしていた人形を、上京や模様替えを機に捨ててしまった人は少なくありません。

――確かに、大人になってもぬいぐるみを大事にしていると、「子供っぽい」「大人になりきれていない」とバカにされがちかも。

菊地:ただ、ウィニコットは「大人になっても移行対象を手放す必要はない」とも述べているんです。彼は、移行対象は主観と客観が交差する「中間領域」に存在する、としました。

客観的にはただの毛布やぬいぐるみだとわかった上で、でも自分の主観にとっては大事なものだ、というちょうどいい折り合いの付け方もあるよ、と言っているわけです。それが誰かの主観にとって特別な存在なら、他人から非難されたり、バカにされたりするいわれはないよ、と。

菊地浩平先生2

『人形メディア学講義』には、菊地先生が女子高で「ぬいぐるみは捨てなければいけないのか」という出張講義を行った際、生徒から寄せられたちょっぴり感動的なエピソードも掲載されている

――『クマのプーさん』の原作の結末も、まさにそんな移行対象との“お別れ”が描かれているそうですね。

菊地:原作では、学校に通うことになったクリストファー・ロビンは、「ぼく、もうなにもしないでなんか、いられなくなっちゃったんだ」と言ってプーさんとお別れします。

「なにもしない」でいられる時間が、いかに幸福でかけがえのない子供時代の特権であるかを示すとともに、社会に出て大人になるとはこうした犠牲を伴うことなのだ、という苦みや切なさを感じさせるシーンです。

映画『プーと大人になった僕』場面写真2

©2018 Disney Enterprises, Inc. All rights reserved

――うわあ。大人になって読むと、よりいっそう胸に刺さりますね。

菊地:しかし同時に、「あの森の魔法の場所には、(クリストファーとプーが)いつもあそんでいることでしょう」とも書かれている。2人が物理的に一緒にいられる時間は失われてしまうけれど、それは本当のお別れではなく、彼らの主観(=想像力)の中ではまたいつでも会えるのだ、という可能性が匂わされているんです。

物語の舞台である「100エーカーの森」は、2人にとってまさに「中間領域」への入り口でした。でも、大人になって森から離れてしまっても、ぬいぐるみを捨ててしまっても、想像力がある限り精神的な結びつきはなくならないよ、と言っているわけです。ただ、そういう視点で見ると、今回の実写版には、いささか不満な点もあるんです。

――ほう。どういうところですか?

菊地:大人になったクリストファーは、プーさんたちとの再会と交流を通して、「本当に大切なものは何?」と問いかけられます。その結果、寄宿学校に行くのを嫌がる娘に対して、「寄宿学校には行かなくていい。家族が一緒にいることのほうが大事だ」という結論を出すんですよ。

「物理的には離れてしまっても、精神的に結びつくことは可能だ」というのが原作のラストだったのに、結局「物理的に一緒にいることが大事」ということにされてしまった気がして。

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人形研究者が語る結末への不満

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◆菊地浩平先生トークイベント(早稲田祭2018にて開催)
日時:2018年11月4日(日) 第1部/11:00~12:30 第2部/14:45~16:15
会場:早稲田大学早稲田キャンパス3号館401教室
ゲスト:第1部/スーパー・ササダンゴ・マシン、第2部/橋本ルル、hitomi komaki
定員:各回280人(先着順、事前予約有)
入場料:無料
企画運営:7-1-B
本企画公式ツイッター
お問い合わせ:info.doll.wasedasai@gmail.com

人形メディア学講義

著者:菊地 浩平
出版社:河出書房新社(茉莉花社)
価格:2700円


プーと大人になった僕
監督/マーク・フォースター
出演/ユアン・マクレガー、ヘイリー・アトウェルほか
配給/ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中





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