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人形研究者が映画『プーと大人になった僕』を分析――ぬいぐるみとの別れと再会はなぜ感動的なのか

――「離れていても一緒にいられる」という想像力の力を描いて欲しかった、と? 菊地:もっと言ってしまえば、仕事を抱え、家庭を守らなければいけない大人になったクリストファーが、それでもプーさんと一緒にいるためにはどうすればいいのか、という困難や葛藤をもっと描いて欲しかったですね。 だって、原作やアニメ版では「もう一緒にいられなくなった」と言って別れたのに、実写版の結末を見ると、結局「一緒にいられたじゃん」ってことになってしまう。物理的なお別れをして、大人になる苦みを引き受けた子供時代のクリストファーの決断が、なんだかむげにされてしまった気がするんです。

プーさんと別れないままおっさんになる映画『テッド』

――人形研究者ならではの視点での批評をありがとうございます。それでは、他に“人形をめぐる映画”で、あわせて見ると『プーと大人になった僕』がより楽しめるような作品はありますか? 菊地:同じ“クマのぬいぐるみがしゃべる映画”で言うと、『テッド』(’12年)は、まさに「移行対象と離れられるか」がテーマの作品ですね。 主人公のジョンが、子供の頃に「親友が欲しい」と願うと、かわいがっていたテッドに命が宿る。そこから一緒に歳を取って、大人になりきれないままお互い35歳のおっさんになってしまう話です。
クリストファー・ロビン

プーさんのフォトスタンドの中で、原作者ミルンの息子であるクリストファー・ロビン本人がこちらを睨みつけてくる、なにやら批評的な一枚

――それってつまり、クリストファー・ロビンとプーさんが“お別れ”せずにズルズル大人になってしまったら……というパロディになっているんですね。 菊地:そうなんですよ。過激で下品なギャグが多いブラックコメディですが、実は深い話なんです。ジョンには、ロリーという結婚も考えている彼女がいるのに、テッドに誘われるとどうしても彼と遊んでしまう。しかし、最終的にジョンは、ロリーと結婚しつつ、テッドとも別れないという道を選びます。 大人が移行対象とどう付き合うかというときに、ジョンも努力するし、テッドも譲歩するし、ロリーもその存在を受け入れる。みんながちょっとずつリスクを負い、一緒にいることを選び取るんです。 ――テッドという存在と共存するために、それぞれが歩み寄って、折り合いをつける話なんですね。 菊地:ええ。この映画でテッドは、自分に見えている世界と、相手に見えている世界をすり合わせ、他者とつながるための“メディア”の役割を果たしている。主観と客観が混ざり合う、まさに「中間領域」なんです。 それに比べると、『プーと大人になった僕』は、大人になったクリストファーがプーさんの言い分を全面的に受け入れてしまって、プーさん側があまりにノーリスクなところが気になるんですよ(笑)。家族みんなで「100エーカーの森」へ行って、プーさんたちに癒されてめでたしめでたし、という結末でいいのかな、って。 ――確かに、あんなに簡単に森へ行って会えるなら、なんで今まで行かなかったんだ、ってなっちゃいそうですね。 菊地:だってあれは、完全に「みんなでディズニーランドに行って、現実を忘れようよ」ってことじゃないですか(笑)。現実世界で大人になってもプーさんと一緒にいるためには、それなりにリスクや苦みを伴う折り合いの付け方があるはずなのに、「全部忘れて、こっちの世界においでよ!」という結論に見えてしまったんですよね。 ――想像力を失った大人は、ディズニーランドに行くしかない、と(笑)。 菊地:そうそう。ひょっとするとディズニーは、「ディズニーランドに行く」「ディズニー映画を見る」ということを、そういう風に考えているのかもしれませんね。ただ、人形への愛着や、人形との関係性を考える上で、『プーと大人になった僕』が非常に興味深い、見るべき映画なのは間違いありません。ぜひ、みなさんなりの解釈を見つけてみてください。
「人形参観」の風景

 菊地先生の講義では、各期末の最終回に学生が思い入れのある人形を持ち寄る「人形参観」という企画が行われる

菊地先生の『人形メディア学講義』の中では、他にも、ラブドールを本当の彼女として扱う内気な青年ラースと周囲の人たちの姿を描いた『ラースと、その彼女』(’07年)や、別の章では『トイ・ストーリー』シリーズ(’95・’99・’10年)への考察が書かれており、これを読むと『プーと大人になった僕』についてより深く考えを巡らすことができるだろう。  秋の夜長に、映画と本が高い次元でリンクする、そんな経験をしてみるのはいかがだろうか。 取材・文・写真/福田フクスケ
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◆菊地浩平先生トークイベント(早稲田祭2018にて開催)
日時:2018年11月4日(日) 第1部/11:00~12:30 第2部/14:45~16:15
会場:早稲田大学早稲田キャンパス3号館401教室
ゲスト:第1部/スーパー・ササダンゴ・マシン、第2部/橋本ルル、hitomi komaki
定員:各回280人(先着順、事前予約有)
入場料:無料
企画運営:7-1-B
本企画公式ツイッター
お問い合わせ:info.doll.wasedasai@gmail.com

人形メディア学講義

著者:菊地 浩平
出版社:河出書房新社(茉莉花社)
価格:2700円


プーと大人になった僕
監督/マーク・フォースター
出演/ユアン・マクレガー、ヘイリー・アトウェルほか
配給/ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中

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