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阿部寛はパチンコで食っていた…人気芸能人たちの壮絶すぎる下積みエピソード

サンドウィッチマン:10年間ゴキブリやネズミの出る1DKで共同生活

 今や飛ぶ鳥を落とす勢いのお笑いコンビ・サンドウィッチマンにも、10年に及ぶ下積み時代があったという。  24歳でコンビを結成し、地元の仙台から上京した伊達みきおと富澤たけし。ブレイクするまでの10年間、1DKのアパートで一緒に暮らしていたのだが、そこはゴキブリやネズミが当然のように出るボロ物件だったという。伊達の語ったところによると、米びつに黒い米が混ざっていると思ったらネズミのフンだった、なんてこともあったそうだ。  もともとサンドウィッチマンは、お笑い芸人を目指していた富澤が、地元で就職していた伊達を口説いて結成されたコンビ。富澤は伊達を誘っておいて芽が出ないことに責任を感じていたそうで、2005年頃に『エンタの神様』(日本テレビ系)でブレイクするまでは、精神的に相当追い詰められた時期もたびたびあったという。

GLAY:観客ゼロのライブも珍しくなく、『イカ天』でも酷評されて…

 お笑い芸人と同じくらい下積み時代の苦労話が似合うのは、おそらくバンドマンだろう。来年にはデビュー25周年を迎える人気バンド「GLAY」の中心メンバーであるギターのTAKUROと、ボーカルのTERUも、地獄のような下積み時代を味わったらしい。  小中学校の同級生だったふたりがGLAYを結成したのは1988年のこと。地元の函館ではライブハウスを満員にする人気を誇っていたが、いざ上京してみれば初ライブの観客は2人で、観客ゼロのライブも珍しくなかったという。東京のバンドコミュニティにも馴染めず、『平成名物TV』(TBS系)の人気コーナー『三宅裕司のいかすバンド天国』に出演したときも酷評の嵐。あまりの極貧っぷりに、片栗粉をお湯で溶いて、醤油を垂らしたもので腹を満たした時期もあったという。  1994年、「X JAPAN」のYOSHIKIが設立したインディーズレーベル「エクスタシーレコード」からデビュー。1997年には12thシングル『HOWEVER』など、多くのミリオンセラーを生み出すモンスターバンドへと進化したのだった。
 彼らもブレイクした今だからこそ、辛かった下積み時代を笑って話せるのだろう。しかし今現在、まさにそんな生活を送っているスターの卵も大勢いるはずだ。必死に努力すればブレイクできる、なんて生易しい世界ではないだろうが、“過酷な今”のことを笑って話せる日を迎えてほしいものだ。<文/A4studio>
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