更新日:2023年03月20日 10:51
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マフラーは首に巻くもの。そう思っていた時期もありました――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第38話>

その夜、ギャル目当てで一人トンネルを訪れると案の定

 その夜だった。  「高岡の家で勉強する」と親に嘘をついて家を飛び出した僕は、自転車を走らせて例のトンネルへ向かっていた。こうなったら皆に内緒、高岡にも内緒で幽霊トンネルに行くしかない。  そこにはギャルがいるのだ。夏になり、少し開放的になったギャルが、もう下着かと思うほどの服装のギャルが恐怖に震えている。一人で行くしかないよなこりゃ。下手にライバルが増えても困るし。懸命に自転車を走らせた。  夜のアスファルトは昼間の熱気を残していて、熱く粘り気のある空気が自分の周りにだけまとわりついているように感じた。さらに、悪いことに首にマフラーを巻いていた僕は、もう信じられないくらいに汗だくだった。こんな真夏になぜマフラーと思うかもしれないが、それが幽霊トンネルには必要なアイテムだった。  首なしライダーは、事故で失った首を求めて彷徨っている。トンネルを通る人間の首を狙うわけだが、そこで首に赤いものを巻いていると、もう首がないと勘違いされて狙われない、という伝説があった。首なしライダーのことを信じるわけではないが、用心に越したことはない。  色々探した結果、首に負ける赤いものは母親のマフラーしかなかった。ちょっと気品があるやつだ。押入れの奥に封印された冬物衣料からひっぱりだしてきた格好だ。  坂道を上る。また汗が噴き出す。ヒイヒイと自転車を押しながら登ると、その先に不気味なトンネルがぽっかりと口を開けて待ち構えていた。  「これが幽霊トンネル……」  それは問答無用に幽霊トンネルだった。とにかく雰囲気がものすごくオドロオドロしい。何か出そうな気配をビンビンに感じるものだった。そういった噂が出るのもわかる、そんなトンネルだった。  「まるで地獄に続いていそうなトンネルだな」  思わずそう呟いてしまった。  ただ、大きく話が違う。高岡の話では、ギャルが半裸で訪れていると聞いたが、ギャルどころか人っ子一人いない。ただただ不気味なトンネルと熱気と、種類不明の虫の鳴き声だけがそこにいた。  「帰るか」  やはり、ああいった噂は眉唾物なのである。首なしライダーもいなければギャルもいない。往々にして都市伝説などそういうものだ。踵を返して帰ろうとしたその瞬間だった。
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首に巻いていないのは高岡だけだった
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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