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敬意がないのに御朱印を集めても意味がない

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第102回 御朱印 新元号の記された御朱印を求めて、各地の神社にたくさんの人が押しかけたニュースが話題になりました。伊勢神宮では2時間待ち、明治神宮では10時間待ちの長蛇の列になったそうです。私の近所の神社も敷地を囲むように行列ができていました。  しかしそうしたブームによって、神社に敬意を払わない不心得者も目立つようになりました。御朱印を転売したり、転売された御朱印を購入する人が現れたのです。頒布の際のマナー違反もあって、浅草神社は三社祭りの頒布を見送る発表をしました。  これはアイドルのライブチケットや、新作ゲーム機の転売と同じ構図です。神社の御朱印に限らず、購入者が販売者に敬意を払わないと、つまらない仕組みが増えたり、商品やサービス自体がなくなったりします。  そもそも神社は自分で足を運ばなければ、ほとんど意味がありません。神社の価値は体験です。神社に流れる神聖な雰囲気に触れて、日常生活ではできないような一念発起をするから意味があります。  先日、神社でおみくじを引いたら、「ながむれば、ながむる花のあるものを、むなしき枝に、うぐいすのなく」という和歌が記されていました。  眺めれば、眺められる花が咲いているのに、花の咲いていない枝で、うぐいすが鳴いている。私はこのうぐいすに自分を重ね合わせて、花の咲いている枝を探そうと思いました。ちょうど価値観の転換を迫られていたところだったので、とても良いヒントになりました。
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おみくじがヒントになるのは…
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