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ドラッグの売人に間違えられたら歯痛が治った話――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第46話>

完全に僕を何かと間違えていた美女

 そう答えると、彼女は安堵した表情を見せた。その表情すらこれまでの人生においてあまりお目にかかったことがない美しさだった。  「ここじゃなんですから、ちょっと外に出ましょう」  美女は言った。僕はもうウキウキというか、ワクワクして、外に出た。外でいきなりチンポしゃぶられたりするのかなって思った。けれども、ここからどんどん様子がおかしくなっていくのである。  田舎、それも郊外にあったゲーセンなので、駐車場がやけに広かった。この駐車場が満車になるくらい皆がスト2をプレイしに来る日は絶対に来ないだろうと思えるほど広かった。なんとなく誘導される感じでその片隅に連れていかれた。  そして、こう訊ねられる。  「で、どれくらい売ってもらえますか?」  「は?」  である。完全にハトが豆鉄砲どころかショットガン食らったような顔になっているが、必死になって頭をフル回転させて考える。ここで下手な返答をすると、人違いをいいことに騙ったことがバレてしまう。どうする。どうする。  曖昧に誤魔化すしかない。そう決断した。  「うーん、そうねー、そうともいえるし、そうでもないともいえるし、その二つは重なり合った状態ともいえる」  普通だったらこんなシュレーディンガーの猫みたいなこと言うやつ完全に信頼ならないのだけど、なぜか、彼女はあまり怪訝な顔をしていない。  そこで僕はなにかを感じ取ってしまった。不穏なものを感じ取ってしまったのだ。この「売ってもらう」という表現から分かるように、何かを売っている人と勘違いされたのだろう。そして妙にコソコソした感じの美女、出会い系サイトを使って約束、これはなにか違法なものを売買しているのではないか、ということだ。  そうなると、はっきり明言しなかった僕の対応もいかにもそれっぽい。違法なものを売ってるよと大々的に言うよりも、明言を避ける凄腕のプロみたいな感じだ。  「どうだろうね~、僕には分からないな~」  みたいな対応をしていると、こいつは本物、と彼女の中で確信に変わったのか、ちょっと踏み込んできた。  「あの、Sなんですけど……」  S……! テレビで聞いたことがある。確か覚醒剤の隠語だ。  そういった覚醒剤だとかはもっとテレビの向こうの出来事だと思っていた。けれども、思った以上に身近に存在するのだ。なんだかショックだった。薬物汚染はすぐ近くまで来ている。決して他人事ではないのだ。  「そういった違法なものは扱っていない! 人違いだ」  そう言ってきっぱりと断ろうと思ったが、美女が放った言葉が事態を急変させた。  「売ってもらえるなら、ホテル行ってもいいです。一緒に使いましょう」  すごいこと言うな。  なんか、早い話、Sを使ってセックス的なことをしよう、みたいなことを言ってくるのだ。この美人が。  これは大変なことになった。
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結局、僕を救ったのは半分の優しさだった
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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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