更新日:2023年03月22日 10:19
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ドラッグの売人に間違えられたら歯痛が治った話――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第46話>

結局、僕を救ったのは半分の優しさだった

 「チャンスじゃねえかよ、こんな美人だぜ、適当にSでもMでもあるって言ってやっちまえよ、やっちまってから適当に誤魔化せばいいだろ」  「ダメよ! そんな嘘ついてまでやってなんになるの? 正直に言いなさい。自分はSなんて持ってない、覚醒剤は違法だって。覚醒剤、ダメ、ゼッタイ!」  また頭の中で天使と悪魔が議論を始めた。とりあえず、天使は無視することにする。天使すっこんでろ。  「でもさ、僕、覚醒剤とか持ってないよ」  「そうだなあ、なにかで誤魔化すべきだな」  「あ、バファリンなら持ってる」  「それだ! それを今すぐポケットの中で砕け、それをSだって言い張るんだ。それで美女とベッドインだ」  「思いがけないところでバファリンが役に立つね」  「さすが半分は優しさだね」  「だな」  完全に僕と悪魔が意気投合し、古くからのご学友みたいな間柄になったと感じた。同時に、ポケットの中でバファリンを砕き始めた。今日、僕はこれをSだと言い張って美女とやる。やるんだ。  と思っていたら、何をどうやったらこんな下品な車に仕上がるんだ。という白いセダンがスーッと目の前に停まり、スーッとスモークガラスが開いて、中から完全に暴力だけを背景にこの世知辛い世の中を生き抜いてきた、みたいな人が顔を覗かせた。  「おう、買えたか?」  「ちょっとまってまだ」  深刻な感じで美女と会話を交わす。どうやら美女の仲間のようだ。完全にシャブ仲間だ。  殺される……!  そう思った。こんな御仁相手にシャブですとか言って砕いたバファリン渡してみろ、全てがいい方向に振れても最終的に殺されるわ。  「逃げるなら今よ!」  頭の中で天使が叫んだ。さすが天使だ。最も信頼できるパートナーだ。信じるべきものは天使だ。  「すいません、バファリンしか持ってません」  なぜかそう叫んで自白し、とにかく逃げた。脱兎のごとく逃げた。見たことない街まで走って逃げた。なんとか十分に逃げ切っただろうという頃にはすっかり日が暮れていた。  それにしても、薬物汚染は、思った以上に身近に広がっているのだ。無関係だ、関係ない、田口淳之介、そんなことを考えていても薬物の魔の手はすぐそこにまで迫っているのだ。  それよりなにより、一連の行動であまりにもワクワク、ドキドキしたので、すっかり歯痛のことを忘れてしまっていた。これはすごいことだ。  歯痛には、バファリンよりも、若い娘のダンスよりも、覚せい剤の売人と間違えられる、が一番効くのである。歯が痛くなったら是非とも試してほしい。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

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“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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