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百田尚樹氏の政権批判に戸惑うネトウヨ…保守界隈に何が起きてる?/古谷経衡

保守界隈における人間関係=経済利益と無縁

 ここまで書くと百田氏の悪口を言っているようだが、決して本稿は氏の悪口を言っているのではない。百田氏の白眉なところは、動物的本能と余裕である。今次コロナウイルスの流行で直情的な政府批判を開始したのは彼の動物としての防御本能であり、何か臨床的知識を元にしたものでは無い。  そしてすでに『永遠のゼロ』で巨万の富を得ている氏は、もう金銭に拘泥する必要がない経済的余裕がある。だから旧来的な保守系言論人とは異なり、百田氏は動物的本能により「これ」と決めたら、保守界隈の狭くて封建的な人間関係をきれいにスパッと切ることができる。  凡百の保守系言論人には、これが絶対にできない。なぜなら、保守界隈における「仕事=経済的利潤」とは、その多くが「保守界隈の狭くて封建的な人間関係」から成り立っているからだ。  同じ「保守系」雑誌が、同じ論客に同じネタを、回転寿司屋のようにぐるぐるとまわしながら、客(ネット右翼)に提供しているのが保守界隈の実態だからである。  ネタとは「嫌韓・反中」「反自虐史観」「反朝日新聞」「親政権」「反左翼」「反反原発」等で、このネタを毎度同じ保守系言論人が繰り返し順番に担当して客に握って皿を回転させていく。  試しに5年前の某保守雑誌と現在の最新刊を比べてみよ。パット見ただけでは全く同じに見え、実際に中を読んでもまるっきり「反日が~」から始まって「朝日新聞批判」ないしは「反日勢力揶揄」で着地点とするところまで同じである。そのまったく同じネタを、舌が肥えていない(基礎教養のない)客は毎号喜んで買っていくのである。  これが保守界隈(論壇)における構造の全てだ。ここでいったん恒常的に小銭(数十万~概ね1000万円程度のレンジ)を稼ぎ出したら、凡百の保守系言論人はもうこの「小銭の生る木」から足を洗うことは出来ない。「保守界隈の狭くて封建的な人間関係」を断ち切ることそのものが経済的破綻とイコールだから、仲間内での批判はご法度となる。彼らの敵対する対象が、「保守以外の全て」なのにはここに原因がある。資産家である百田氏は、こういった人間関係には無思慮で居られる。そこが自由だ。

百田氏の政権批判は保守の何を変えるか?

 さて、今次の百田氏の新型コロナウイルス対応を巡る政府・官邸批判は保守界隈にどのような変革をもたらすのか――。実は、あまりもたらさないと断言できる。  不況にあえぐ出版界隈に於いては、出せばまず2~5万部は最低でも捌ける百田氏が大大名である扱いは「絶対に」変わらない。そして重要なことは、「嫌韓・反中」「反自虐史観」「反朝日新聞」「親政権」「反左翼」「反反原発」等をテンプレとした保守系言論人の同じネタから「親政権」が百田氏の要素から消えただけで、特にその他が変わっているようにはまったく思えないからだ。  だから彼に追従する保守界隈における中小の親藩・譜代の序列も特に大きく変わらない(特定の人物への糾弾や排除は起こる可能性はある)し、氏を親と思って追従する数多のネット右翼も、多少の脱落はあれこちらも大きく変わらないだろう。  なぜならネット右翼は、「これは代用魚です」と均一皿に書かれていたとしても、それが本物のエンガワやコハダだと信仰し、不都合なノイズを自己修正する存在だからである。  とにかく、隣国人を嘲笑し、ゲラゲラ笑いながら差別(彼らは区別という)することが出来れば、「反政権」の一項目における不備の存在には目をつぶる。こういった状況まで堕落した保守界隈とそこに寄生するネット右翼たちの状況を鑑みると、当分百田氏は保守界隈に於ける毛利輝元でいられそうである。 <文/古谷経衡>ふるや・つねひら。’82年、北海道生まれ。若者論、社会、政治、サブカルチャーなど幅広いテーマで執筆活動を行う一方、テレビ、ラジオでコメンテーターも担当。『愛国商売』(小学館)が発売中
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