更新日:2023年05月24日 15:30
ライフ

夜のスナックで働くわたしがコロナについて考えていること

地元福島でわたしと母は…

 私の地元である福島県では、皆様がご存じの通り震災に伴って原発事故が起こった。福島第一原発はメルトダウンし、多量の放射性物質が県内に放出される結果となった。  農産物からは基準値を超える放射性セシウムが検出され、出荷制限のかかった農業従事者は途方に暮れていたが、当の県民たちがそれほど過敏に気にかけていたかと言われれば首を傾げざるを得ない。 「これ、あそこの山で採ってきたキノコと猪、食わっし」  玄関先で近所の男性が差し出した袋を前に、わたしと母は顔を強張らせた。  森林の土壌に蓄積するセシウムの影響で、山菜をはじめとした山の恵みは、わたしたちにとって避けるべき対象へと変わっていた。しかし、まったく気に掛けない、むしろ進んで食べるという人々も一定数はいるのである。 「俺は全然気にしねぇで食うわい!」  その言い方は、まるで自分が「強い人間である」ということを誇示するかのように聞こえて、率直に言って馬鹿みたいだなって思った。だってスーパーに行けば県外産のキノコだって豚肉だって牛肉だって鶏肉だって手に入るのに、わざわざ山の猪食う必要性ってどこにあるのか? 何故避けられるべきものをわざわざ避けないのか? 何故それが「強さ」に繋がるのか?  事故直後、わたしの母は県外から野菜を取り寄せていたが、その行動は田舎の狭いコミュニティでは多かれ少なかれ奇異の視線を注がれていた。 「そんなこと気にして」 「都会ぶって弱っちい」  嘲笑気味にそんな言葉さえも投げかけられる。商売柄地元を離れられない母にとって、せめて回避可能な食品の危険を回避しようという行為は、白い目を向けられるほどの行為だったのだろうか。 「ありがとうございます。頂きます」  恭しくお辞儀をして、母はキノコと猪を受け取った。まるで食品中の放射性セシウムなんて気にしていませんよって顔をして。田舎のコミュニティではそうする必要があったから。
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コロナよりも身近なトラブルが話題
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(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani

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