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今までで一番響いた「初日、おめでとうございます」という開演前の挨拶/鴻上尚史

初めて感染者が出た地方都市で…

 以前、初めて感染者が出た地方都市で「裏切られた思いだ」と語った人がいるとニュースになっていました。感染して裏切られたと言われる、なんて地獄だと思います。  劇団を結成して演劇を始めた僕は、商業演劇の人達と風習というかルールが違います。  きっと、音楽家と言ってもクラシックとロックでは、コンサートやライブの準備が全然違うということと同じでしょう。

かつて驚いた舞台初日の挨拶、今はしみじみとした気持ちに

 プロの演出家になって、いろんな俳優さんを集めたプロデュース公演を演出した時のことです。  初日の開演前に、出演されているベテランの俳優さんが、突然、やって来て「初日、おめでとうございます」と挨拶されました。  僕はびっくりしました。続いて、若手の俳優達が集団で楽屋を回って、「初日、おめでとうございます」と言い始めました。  僕は内心、「いやいや、これから勝負なんだから。今日の出来で、歴史に残る作品になるか、すぐに忘れ去られる作品になるか決まるんだから。そんなに、楽しそうにゾロゾロと楽屋を歩くなんて気持ちに、俺はなれないぞ」なんて思いました。  僕は演出家なので、いろんな俳優さんが「初日、おめでとうございます」と言いに来てくれるので、それはとても忙しくて、いちいち、丁寧に返事をしているうちに、「俺たち小劇場のルールの方がいいよなあ。初日はみんなが緊張して、ただ、『やったるぜえ!』という顔で舞台に向かう。それだけでいいんじゃないかなあ」と思っていました。  それが、2020年10月31日、紀伊國屋ホールでいろんな人に、開演前に「初日、おめでとうございます」と言われた時に、初めて、「ああ。初日まできた。やっと初日まできた。大阪の千秋楽までどうなるか分からないけれど、とにかく初日まできた」としみじみしました。 「初日、おめでとうございます」という言葉がこんなにも重く響いた経験は、初めてでした。  大阪の千秋楽まであと、2回、PCR検査が残っています。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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