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『青天を衝け』渋沢栄一をその気にさせた大隈重信の言葉とは?

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第245回 渋沢栄一 今年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公になった渋沢栄一は、「近代日本経済の父」と呼ばれています。金融、保険、鉄鋼、造船など500社もの会社設立に関わったのが、その所以です。  渋沢は29歳で明治政府の大蔵省に仕官し、富岡製糸場の設立や、国立銀行条例の立案に携わりました。この仕官のきっかけになったのが、当時大蔵省で強い権限を持っていた大隈重信です。

役人になるつもりはなかった

 明治政府から役人の打診を受けた渋沢は、もともと断るつもりでいました。幕末に使節団の一員としてフランスに渡り、そこで学んだ株式会社の仕組みを、静岡藩の地元商人に根付かせようとしている真っ最中だったからです。ところが、断るために出向いた大蔵省で、大隈重信と出会います。  このとき、大隈重信は「日本は新しい国造りが始まっている。我々はいわば日本建国について議論した八百万の神々だ。君も八百万の神々の一人なのだ」と渋沢を口説きました。のちに渋沢はこのエピソードを何度も回想しています。こうして大隈の熱意に押された渋沢は、大蔵省の役人になりました。 「頑張ればうまくいく」という根性論でもなければ、「こうすればうまくいく」という方法論でもない、人間関係に根ざした「だから自分はこれをやるんだ」という信念論が人間には必要です。この信念論のパターンを覚えれば覚えるほど、自分の信念も自覚できるようになります。

言葉が人を動かす

 渋沢と大隈の関係は、同じ志を持つ「同志」です。渋沢は15代将軍になる一橋慶喜に仕える以前は、尊王攘夷派でした。未遂で終わりましたが、高崎城の襲撃と横浜の焼き討ちを仲間と計画していました。  一方、大隈重信も尊王攘夷派の志士でした。この「尊王攘夷派」という共通点を持つ相手に、「新しい国造り」「我々は八百万の神々だ」と語られたことで、心を揺さぶられたのです。  渋沢は大蔵省辞職後に、日本最初の銀行となる第一国立銀行(現みずほ銀行)の総監役になりました。第一国立銀行は新興の商工業者に対して、積極的に創業指導や資金支援を行いました。このことが「500社の会社設立に関わる」という結果につながっています。  政治家や実業家は、日常生活にはない大きなスケールのビジョンを求められます。そのビジョンのお手本になるのは、歴史に名を残した偉人たちです。政治家や実業家が、維新志士や戦国武将を好むのは、それが自分に必要なことだからです。  明治維新で新しい国を作ろうとしていた大隈重信が、日本建国の神話を引き合いに出したのも、このためです。そして、その大隈重信に「君も八百万の神々の一人なのだ」と言われた渋沢が、「近代日本経済の父」と呼ばれるようになったことは、人間がいかに信念論で動いているかを物語っています。 佐々木コーチャー。自己啓発とビジネスを結びつける階層性コーチングを提唱。カイロプラクティック治療院のオーナー、中古車販売店の専務、障害者スポーツ「ボッチャ」の事務局長、心臓外科の部長など、さまざまな業種にクライアントを持つ。現在はコーチング業の傍ら、オンラインサロンを運営中。ブログ「星を辿る」。著書『人生を変えるマインドレコーディング』(扶桑社)が発売中

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