パソナ会長・竹中平蔵の「我田引水」
―― 小泉政権以来、こうした労働規制緩和を推進してきたのが竹中平蔵氏です。
森 竹中氏は小泉政権の閣僚として「労働の自由化」を掲げて規制緩和を進め、04年の参院選で当選した後は総務大臣に就任して小泉政権の最重要政策である郵政民営化の実現に貢献しました。
問題は、労働規制緩和を進めてきた竹中氏が、その恩恵をうけるパソナの重役に就いたことです。竹中氏は06年9月に政界引退を表明しましたが、その翌月にはパソナグループで講演を行っています。それから4か月後の07年2月にパソナの特別顧問に就任、09年8月には同会長に就任しています。
―― パソナ会長になった竹中氏は、第二次安倍政権のもとで「産業競争力会議」(のち未来投資会議)、「国家戦略特区」のメンバーになりました。
森 第二次安倍政権でも、竹中氏は労働規制緩和を推し進めました。その象徴が、「リストラ助成金」と批判された労働移動支援助成金の拡大です。竹中氏は13年3月15日の産業競争力会議で、こういう発言をしています。
「雇用調整助成金を大幅に縮小して、労働移動に助成金を出すことは大変重要。ぜひ大規模にやってほしい。今は、雇用調整助成金と労働移動への助成金の予算額が1000:5くらいだが、これを一気に逆転するようなイメージでやっていただけると信じている」
事実、その後に成立した14年度予算では、労働移動支援助成金が2億円から301億円まで一気に150倍も拡大しています。そして、その恩恵をうけるのは人材派遣会社です。雇用移動支援助成金の拡大は、竹中氏がパソナ会長として行った仕事だと見るべきです。
竹中氏は「残業代タダ法案」を批判されたホワイトカラーエグゼンプションや派遣法改正なども後押ししましたが、それらの政策の利益をうけるのもパソナです。「利益誘導」「我田引水」と批判されるのは当然です。
また、竹中氏は13年から産業競争力会議で、空港や水道などの公共事業に「コンセッション方式」を導入するよう訴えました。コンセッション方式とは、地方自治体が所有権を持ったまま公共事業の運営を民間企業に任せるという、新しい民営化の方式です。
そのコンセッション方式を導入した空港民営化や水道民営化の事業者に選ばれたのが、竹中氏が社外取締役を務めるオリックスです。竹中氏が同社の取締役に就任したのは、オリックスが関空・伊丹の運営権売却について一次審査を通過した15年6月です。自ら民営化事業を提案して、それが実現したら参入企業の重役になるというのは非常に悪質です。
―― 竹中氏は菅政権でも「成長戦略会議」のメンバーになりました。森さんは『墜落 「官邸一強支配」はなぜ崩れたのか』(文藝春秋)で、竹中氏と菅氏の関係について論じています。
森 竹中氏が小泉政権で総務大臣を務めた際、その右腕として総務副大臣を務めたのが菅氏です。政界を引退した竹中氏の後任として総務大臣に就任したのも菅氏です。
菅氏と竹中氏は師弟関係にあり、竹中氏は菅氏が政界で売り出すきっかけを作った恩人なのです。第二次安倍政権で竹中氏が重用されたのも、「安倍・竹中ライン」ではなく「菅・竹中」ラインによるものです。
―― 竹中氏は岸田政権でも「デジタル田園都市国家構想」のメンバーになっています。
森 それには驚きました。現在、岸田総理と安倍氏、菅氏はお互いに主導権争いをしていますが、そういう政治力学の中で竹中氏を外すことができなかったのでしょう。
岸田氏は「新自由主義からの転換」、つまりアベノミクスの弊害を修正すると宣言して総裁選に出馬して勝利したわけですが、この人事を見る限り、とても期待できそうにありません。これでは岸田政権でも竹中氏の影響力は排除できないのではないかと思います。
―― 森さんは竹中氏を「政商」と批判しています。
森 政商には、政治家と関係を持つことでいち早く政策の方向性を察知して自社の利益を守ろうとする「受動的な政商」と、自ら政策決定プロセスに関与して自社の利益を得ようとする「能動的な政商」の二種類があります。竹中氏は明らかに後者です。
ただし、竹中氏にはビジネスマンとしての利益追求だけではなく、「自分が日本を動かしている」という高揚感もあるのではないかと思います。何しろ自分が提案した政策がどんどん実現されていくわけですから。その意味では、竹中氏は政商の側面だけではなく権力者の側面も持ち合わせているように見えます。
―― 竹中氏の功罪をどう評価していますか。
森 「功」はあまり思いつきませんが、「罪」はすぐに思い当たります。やはり竹中氏の最大の罪は、市場原理主義を導入して市場競争を煽り、国民の間で格差を拡大する土壌を作ったことでしょう。
―― 竹中氏は「私が格差を拡大したとか、利益誘導をしていると言うが、何を言っているのか全然分からない」として、自分が閣僚の時期にはジニ係数(格差を示す経済指標)は下がっていた、(小泉政権による派遣法改正で)非正規雇用が増えたというが、自分は厚労大臣ではなかったなどと反論しています。
森 政策にはすぐに影響が出るものと、将来的に影響が出るものがあります。竹中氏が小泉政権で推進した労働規制緩和や労働法制の改革は、後者に属するものです。こういう事情を無視して、自分の任期中の数字だけを取り上げて自己を正当化するのは詭弁です。
また、小泉政権の特徴はそれまで所管大臣が守ってきた規制を官邸主導のトップダウンで取り払ったことです。だから自分は派遣法改正の所管大臣(厚労大臣)ではなかったというのは言い訳になっていません。労働規制緩和は、竹中氏の一貫した主張です。06年の派遣法改正も、厚労大臣ではなくて竹中氏やその助言を受けた小泉総理の判断でしょう。
利益誘導については言うまでもありません。事実関係を見れば、竹中氏の利益誘導は一目瞭然です。
ただ、ビジネスマンが自社の利益を追求するのは当然のことでもあります。本来ならば、竹中氏が何を言おうが、最終的には政治家が適切な判断を下せばいいのです。ところが、政治家は竹中氏の言うことを唯々諾々と聞いているのが実態です。竹中氏の責任は重いが、最も責任が重いのは竹中氏に乗っかる政治家たちです。
げっかんにっぽん●Twitter ID=
@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
記事一覧へ