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俳優・今井雅之さんがくれたコトバ「いまを精一杯生きなあかんねん」

俳優・今井雅之さんがくれたコトバ「いまを精一杯生きなあかんねん」

イラスト=Kazzy

 俳優の今井雅之(いまい・まさゆき)さんが大腸ガンで亡くなった。54歳だった。私事でたいへん恐縮だが、ぼくはいちどだけ今井さんにお会いして、お茶もろくに飲まずに3時間くらい語り合い、インタビュー記事を書かせてもらったことがある。1995年(平成7年)の春ごろだから、いまからちょうど20年まえのことだ。今井さんは34歳で、ぼくは33歳だった。

 プロレス・ライターのぼくがプロレス雑誌以外の媒体――『月刊ニュータイプ』(角川書店)というアニメ&サブカルチャー誌――で初めて連載コラムのページを持たせてもらったころで、その何回めかのゲストとして今井さんが登場してくれた。

 映画『ウィンズ・オブ・ゴッドTHE WINDS OF GOD』の第1作目を完成させたばかりの今井さんは、背が高くて、体つきががっしりしていて、声が大きくて、ある意味、プロレスラー以上にプロレスラーっぽい方だった。

 またしても私事で恐縮だが、ぼくはいまから8年まえに人間ドックで胃ガンを発見され、手術で胃の90パーセントを摘出し、なんとか命拾いした。だから、今井さんが末期ガンで闘病されていることを知ったとき、あの日、今井さんといっしょに過ごしたほんの短い時間がぼくのなかでまるできのうのことのようによみがえってきた。

 ぼくは今井さんと今井さんのライフワークである“ウィンズ・オブ・ゴッド”についてこんなことを書いた。

“ウィンズ・オブ・ゴッド”は神のいたずら、風のいたずら。

“ウィンズ・オブ・ゴッド”を日本語に訳しても“神風”にはならない。ちょっとオーバーかもしれないけれど、今井雅之が世界じゅうのムービー・ゴーアーに伝えたかったのは、風のいたずらとか神のいたずらとか、なんかそんな、ささやかだけれどどうすることもできない、パワフルな一瞬の生みたいなものだった。

 映画のタイトルは、作品がマス=大衆に与えるイメージのほとんどを支配してしまう。これが、そのものずばり“カミカゼKamikaze”だったら、きっとみんなに観てもらえるようなムービーらしいムービーにはならなかっただろう。原題は“リーインカーネーション”。今井は、25歳のときに舞台の脚本としてこれを書きはじめた。

 草稿は、侍っぽい、きわめて右翼思想っぽい、とびきりジャパニーズなおはなしだった。バンザーイと叫んだり、桜吹雪がパラパラッと舞うようなシーンばかりが頭に浮かんできてしようがなかった。最初の主人公は、映画『ウィンズ・オブ・ゴッド』のなかではいちばん神風特攻隊員らしく勇猛果敢に散っていった寺川中尉のキャラクターだった。

 書き上がったものを友だちや知人にみせたけれど、やっぱりだれも「これはいい」とはいってくれなかった。アブナイ。退屈。無関心。みんなに反対されればされるほど、今井は特攻隊に志願した若者たちに惹かれていった。

 神田神保町の古本屋街で見つけてきた特攻隊員たちの日誌、記録などの文献には彼らのごくふだん着の生活が綴られていた。特攻隊に関する歴史的事実やその背景にあるイデオロギーをとくべつ美化するつもりはないし、汚すつもりもない。ただ、いつのまにか今井自身が「ひょっとしたら自分の前世は特攻隊員だったかもしれない」とまじめに考えるようになっていた。

 今井は、18歳から20歳までの約1年半を陸上自衛隊で過ごした。根っからの自衛官だった父親は、「東京へ出て役者を目指す」という次男・雅之の決意をなかなか本気にしてくれなかった。すぐ上の兄はすでに自衛隊に入隊していた。

「2年間、がんばったら許してやろう」という親父さんの言葉を信じて、今井は高校を卒業するとすぐに家族のトラディッションを継いだ。

 映画に魅せられたきっかけは、中学1年生のときに観た『燃えよドラゴン』だった。町の道場に通って空手や少林寺拳法を習ったこともあるし、クラブ活動で柔道に打ち込んだこともあった。ブルース・リーも大好きだったけれど、同じころに観た『パピヨン』ではスティーブ・マックィーンに役者の凄味を教わった。

 演じることは今井にとってナチュラルななにかであることははじめからわかっていたけれど、自衛隊とのかかわりもまたひとつの運命みたいに思えた。けっきょく、今井はずっと“ウィンズ・オブ・ゴッド”のまわりをぐるぐるまわりながらここまで来た。

 自衛隊を除隊し、二浪したつもりで法政大学に入り直し、東京でちいさな劇団の演劇学校に通うようになったころから、今井の耳の奥のほうではいつもあの風が吹いていた。やっとのことで書き上げた原作『リーインカネーション』は、特攻隊そのものを描いた芝居ではなくなっていた。

 今井が観客とシェアしたかったのは、特攻隊の若者がどうやって死んでいったかではなくて、どうやって生きたか、だった。デッドラインを決められたわずかな生を体験するために、今井は交通事故によるタイムスリップという方法を使って今井の分身である“田代”を1945年(昭和20年)8月1日に送り込んだ。

“田代”の前世の姿、岸田中尉はもちろん今井のもうひとりの分身。作品のなかでは田代はリーインカーネーション(輪廻転生)を信じようとしない。

 神のいたずら、風のいたずらは田代/岸田中尉の仲間たちの命を奪っていく。田代といっしょにタイムスリップしてしまった弟分の金太は、運命の日が近づくにつれて過去の自分である福井少尉と同化しはじめ、福井少尉の婚約者・千穂に恋をし、やがて、にっこり笑ってゼロ戦に乗り込んでいく。田代/岸田中尉は、最後の最後までウィンズ・オブ・ゴッドにほんろうされることを拒みつづける。

 今井は、いろいろあるけれど「いまを精一杯生きなあかんねん」というテーマを自分のなかから絞り出し、物語を書き、スクリーンのなかを動きまわった。演じる人は、演じることでしか生を達成できない。

 リーインカーネーションはあるかもしれないし、ないかもしれない。自衛官の家の子の前世が神風特攻隊員だったとしても、それはそれでそんなに不思議な感じはしない。

 大切なのは過去世とか運命とかではなくて、やっぱり「いまをどう生きるか」なのだ。今井は、自分がいちばん知りたかったことを映画にして、それをみずからが実験台になって演じた。ウィンズ・オブ・ゴッドとは、じつは中学1年生だった今井の体のなかを吹き抜けたあの風のことだった。

 ――あれから20年間、今井さんは舞台の上で、スクリーンのなかで、そしてこの作品に触れたたくさんの人びとのなかで『ウィンズ・オブ・ゴッドTHE WINDS OF GOD』を演じつづけた。神のいたずら、風のいたずらは「いまを精一杯生きなあかんねん」と語ってくれた今井さんの人生そのものだった。God Bless Him.

斎藤文彦

斎藤文彦

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※「フミ斎藤のプロレス講座」第39回(今回は特別編です)

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