第273回

8月4日「大作をけなすより秀作をはやそう」

・『時をかける少女』@アニメ版。ジュブナイルの、いやライトノベルの系譜を遡ると筒井康隆の、いやNHK少年ドラマシリーズの『タイム・トラベラー』に行き当たる。40代のおじさん達は、ラベンダーの香りをかぐたびにあの1972年のあの日にタイムリープすることができるのだ。同じように、今の若者達のために、この作品が2006年の夏にブックマークをつけてくれた。望むなら、この時空の中をいつまでもぐるぐる生き続けることもできるんだよ。

・この作品はカルト化するだけではなく、拡大上映され、ロングランされ、きっちりセールスを上げていくはずだ。もちろんそれはネットのおかげである。アニメについては今後、ブログ上の評論がますます重要なものになり、観客側にも興行側にも影響を与えていくだろう。そこで提言。見て面白かったら書けばいい。そして、つまらなかった場合、けなす必要すら、ない。黙殺すればいいだけである。

8月5日「大人用」

・『森のリトル・ギャング』。CGのトレンドに乗ってアニメ界で着実にシェアを獲っているドリームワークスの最新作、動物ものはやはり「ディズニーにはできっこない」パターン。

・冬眠から目覚めた動物達は、森の半分が潰され人間の住宅地になっていることを知る。人間界のジャンクフードの味を知り、その虜になってしまう。と、この導入部が楽しい。それまで木の皮やどんぐりを食べていた素朴な動物達があっというまに糖分やカフェインの中毒になり、頭がおかしくなっていく。自然ばんざいとか現代文明批判といった単純なテーマはない。むしろ見てると袋詰めのナチョばか食いして炭酸飲料がぶ飲みしたくなってくるのである。そこがいい。大量生産大量消費文化をビジネスとしては先導しつつコンテンツとしては否定せざるを得ないディズニーの矛盾を突く毒がある。

・20世紀アメリカの功績は全世界にコーラとポテトチップスとディズニーアニメをばらまいたことだと誰かが言ってたっけ。

8月7日「ピクサーがジブリに追随したこと」

・六本木ヒルズ、ライブドア社に行く。ついでに、同じビルの中でやっている『ピクサー展』に。

・CGアニメ工房の展覧会、というセッティング自体に矛盾はある。フルデジタル作品は完成品もメイキングプロセスも、現場の状況を全く劣化させずにメディア上で見せられるわけだ。だからここではあえてアナログ素材の展示をメインとすることになる。鉛筆パステルによるスケッチ、粘土による模型、など。そこにスタッフの血と汗がかいま見えるだけでなく、ピクサー作品の3D-CG空間世界を現実空間の延長線上に見ることもできるような企画となっている。

・ジブリ美術館の『トトロぴょんぴょん』への”オマージュ”だが、トイ・ストーリーのキャラクター達を使った「立体ゾーエトロープ」が素晴らしかった。ポーズを連続させたフィギュアを並べたメリーゴーラウンドを回転させ、フラッシュを点滅させて見せるリアル立体物アニメーション。2Dアニメより3Dアニメの方が人間の知覚機能にとって自然な表現だということがよくわかる。27日まで。

2006.08.21 |  第271回~

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。