第307回

4月10日「人生は長く映画も長い」

・デヴィッド・リンチ最新作『インランド・エンパイア』。ハリウッド女優ニッキー(ローラ・ダーン)は、主演している映画のストーリーと同じように共演者の男性と不倫をしている。現実と映画と、そして記憶と妄想がだんだんと混濁していく。いくつものストーリーが絡み合っていくため全体の筋を読み取ろうとするととても難解なのだが、個々のシーンははっきりと明快に見せていて、哲学的な会話や象徴的演技はない。『マルホランド・ドライブ』で免疫ができていれば大丈夫だろう。

・リンチは全体のシナリオを用意せずに制作をスタートしたそうだ。何か思い付くたびに撮影し、しかる後に浮かんだ新しいアイデアをさらにまた撮影する……というやり方でちびちびと制作を進め、5年がかりで遂に完成させたものだという。

・ 小説の場合、こういう風に書かれることはよくある。つまり作家が、構成を後まわしにして1行1行ひたすら書くことによって自己の内部にあるものを引き出していく方法だ(例えば村上春樹作品の多くはそんなふうに書かれていると推測する)。ただ映画の場合、ペンやインクのように俳優やセットを使える、しかも4年とか5年にわたって拘束するなんてことはいかに大監督でも難しいだろう。リンチは、家庭用のビデオカメラ(といっても今や放送局も採用しているレベルのクオリティなのだ)を使うこと、そして新たに撮るたびにそのフッテージを自ら運営する有料サイト(davidlynch.com)で公開することでそれを可能にした。

・ リンチが使ったカメラ(ソニーPD150)は50万以下で買える。そして映像のネット公開は今はユーチューブを使えば誰でもただでできることなのだ。

4月11日「夢のあとで」

・ 新学期が始まった。僕の授業は大学院でやっているのだけど、今年からは理工学部の学生も受けられるようになった。デジタル系の講座は、文系の起業家志望者が減り理系のエンジニア志望者が増えている。そこで理系の学部生も早めに参加させて専門性を底上げしていこうということらしい。

・ 変化の根はITバブルの終焉ではなく、ホリエモン効果の破綻にあると思う。
冗談ではなく2年前までは「堀江さんみたいになりたい」と公言する若者が結構いたのである。ただし僕の講義のテーマは一貫して、泡(バブル)に中身(コンテンツ)を詰めよう、ということだ。決して遅くはない。

4月13日「映画←→小説」

・ 13日の金曜日、『13階段』の高野和明さんと会う。

・ 高野さんはもともと映画畑の人で、脚本家としてのキャリアも長い。知識は広く経験は深く、話は具体的で面白い。例え話でもちゃんと映像が浮かんでくるのである。リアリティーとテンポが両立するあの文体は映画のノウハウなのだろう。

・ 今、日本の小説は決して欧米に負けていないと思う。ただ良い原作を良い映画にする仕組みが欠けているのが惜しいのだ。こういう人が映画監督をやったらどうだろう。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。