第322回

7月31日「日本の近未来シミュレーションとして」

・『シッコ』試写。マイケル・ムーア監督のおなじみ突撃取材ドキュメンタリー。今回はアメリカの医療問題をえぐる。保険に入っていてもいざとなったら高額の治療費をふっかけられ、払えないと治療を受けられない現実。

・見捨てられた患者達が次々と死んでいく現場をしつこく取材し続け、政治家、保険会社、病院が結託して作り出した闇に光を当てていく。入院費が払えない痴呆状態の患者がスラム街の路上に捨てられたりする映像は腹にずんと来る。非常に地域限定的な問題を扱いながら、対岸の出来事という感じがしない。このまま進めば我々も近い将来に対面することになる現実がそこにある……つまり日本ではムーア作品は近未来シミュレーションとして観ることができるわけだ。

・素晴らしいアメリカン・ドリームがどんどん生まれる、そんな状況を今の日本は目指している。そのための条件として、格差社会への移行は容認されている。怠け者だけでなく運の悪い奴も、自由競争の結果で負けたのなら自業自得、勝手にのたれ死にしてなさい、というわけだ。働かざるもの食うべからず、ということではない。一部の特権階級を除いては病気になっても休むことができない。ケガをしても医者に治療してもらうことができない。そんな社会になっていくかもしれないわけである。

・それから日本の年金制度は、政府がほっぽり出して、民間に移行していく可能性が高い。そこに巨大な利権が生まれ、巨大な闇が生まれるだろう。

7月30日「その筋の方々も絶賛必至」

・『ファンタスティック・フォー 銀河の危機』試写。おなじみマーベル産ヒーローコミックの、映画版第2弾。透明になる能力を持つスー(ジェシカ・アルバ)と伸縮自在の肉体を持つリード(ヨアン・グリフィス)が、この作品で結婚する。原作ではこの2人の子供がミュータントで、その後X-MENと関わったりする。コミックが映画のように出版社のプロデュースによって制作されるアメコミの世界では、オリジナリティーが生まれにくい代わりに多彩なキャラクター展開が可能になる。マーベル印のキャラクター群(他にはスパイダーマン、デアデビル等)が映画界でも一大ブランドになった今、映画シリーズの中でもそういう展開があると楽しい。

・X-MENと違ってこちらの超人達は非常に脳天気で、自分たちの能力を隠そうともしないため私生活まで四六時中マスコミに追いかけられるセレブとなっている。そしてみんなかなりスケベーである。透明になっては全裸になってしまう女性キャラ、全身が岩のように固いマッチョキャラ、興奮すると体から炎を上げてしまうプレイボーイキャラ、と、それぞれの能力はその使い道より極めてフェティッシュな趣味嗜好性から生み出されたものだ。体がゴムのように伸び縮みする能力なんてその筋の変態さん大喜びの設定だ。

・そして今回敵役として初登場するシルバー・サーファーは筋肉隆々の全身がまるで銀粉ショーのようにメタリック、そして全裸のままでサーフボードに乗って飛び回る、究極のドフェチキャラである。

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8月1日「アニメマニアはどう見るか」

・『トランスフォーマー』。変形する金属機械。日本の玩具クリエーターが追究してきた快楽構造を、世界最前線のCGチームが映像世界に引き継いだ。自動車やラジカセや携帯電話が、がちゃがちゃとばらけて再び組み上がって様々な形のロボットになる。生理的にものすごく気持ちいい映像。SFX超大作として公開されヒットする作品だろうが、これはメカフェチ向けの変態映画として上の『ファンタスティック・フォー』と同様、カルト化していく可能性もあると思う。

・『パール・ハーバー』のマイケル・ベイ監督が、日本のロボット文化に対しては最大限のリスペクトを表している。日本のオタクはこれをどう受け止めるだろうか。きっとこういう映像で勃起してしまうほどに進化……は、してないか。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。