第396回

1月7日「11年ぶりの二人」

・『レボリューショナリー・ロード』。レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット、『タイタニック』の二人が再び共演。ということで女性層やカップル向けの映画として宣伝されている。「燃え尽きるまで」なんてサブタイトルが付け加えられて、パンフレットも小綺麗に作られていて、この二人のラブ・ストーリーが展開すると思いこんで観はじめることになる。ところが、とんでもない。凄まじいほどに怖ろしい映画なのである。

・ごく普通の夫婦が、幸福で平和な生活を送っている。他愛のない会話、セックス、そしてときおりの痴話喧嘩。それら全てはどの家庭にもあるようなものばかりだ。目をよく開けていくら観察しても、特殊なものは何一つ見つからない。ところが、これが次第に、怖くなっていく。全身が震えてくるほど怖くて怖くて、仕方がなくなるのである。

・内容については詳しいことを予習せずラブ・ストーリーへの心構えで観た方が得かもしれない。僕はもう一回観に行って、今度は、周囲の観客の表情を観察するつもりだ。

1月8日「自由人のすすめ」

・その『レボリューショナリー・ロード』の中に、仕事をやめて海外に移住すると決めた夫婦を、周囲の人々がキxガイ扱いするくだりがある。

・それで大学生の頃のことを思い出した。当時、同世代の友人はたいてい、大声で夢を語っていた。映画監督になるとか、評論家になるとか、ミュージシャンになるとか。政治について、世の中について、本当に偉そうにまくし立てていたものだ。ところが大学3年くらいになるとそういう人たちが揃って、髪を切ってスーツを着て、大企業を回り始めた。「お前サラリーマンにだけはなりたくないって言ってなかったっけ」。ある一人にそう聞いてみたら、そいつは本気で怒った。僕は皮肉を言ったつもりはなかったのだけど。

・僕が、就職はせずに旅に出ると言ったら、皆表情を変えた。パーじゃないかと言い出す奴もいた。

・さて、日本の企業はこれから数年で数割の人員を整理することになるという。元・サラリーマンがこの国に溢れ返るわけである。そういう人は、こういう時代だから、思い出してみてほしい。特に若い頃、流されてサラリーマンになってしまったという人。いつかやるつもりでいて、ほったらかしにしてることはないか。楽器とか、語学とか、旅行とか、恋愛とか。今、そのチャンスじゃ、ないですか。

1月10日「マンマ・ミーアと間違えて観た」

・『ミーアキャット』。ミーアキャットというのはアフリカの砂漠地帯に棲むジャコウネコ科の小動物。BBCお家芸の大自然ドキュメンタリーなのだが、割り切って擬人化し 情緒的に演出している。

・これの原形になったと思われるテレビ番組『ミーアキャットの世界』が最近アニマル・プラネットでしつこく放映されていて、そっちを見ていると、こいつらは体型も動作もとても人間的で、また、落ちつきなく、いろいろな仕草を見せる動物だということがよくわかる。その所作を恣意的に繋げばどんなドラマでもできてしまいそうだ。実写映画をアニメ映画のノウハウで作るという考え方だ。

・超小型・高精細のカメラを据え付けで長回しにしておいて、あらゆるシーンを取っておき、後から編集のセンスによって映画を仕上げていく。これは人間界のドラマにも有効になっていく技法かもしれない。

・ところでジャコウネコといえば「コピ・ルアック」である。これ飼ってコーヒー豆作れないかと思って動物園に見に行ってみた。獰猛そうだが、飼えないことはないだろう。ただしこの種はほぼ肉食のようで(動物園ではミルワームというミミズを食べていた)、コーヒーの実を食べてくれるかどうかは、わからない。

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PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。