春一番さん3周忌。アントニオ猪木のモノマネは春一番がオリジナルの芸だった
―[フミ斎藤のプロレス講座]―
7月3日は春一番(はる・いちばん)さんの命日である。2014年7月3日、48歳の誕生日を1カ月後に控え、天国に旅立った。夜中にいきなり電話をかけてくる人で、いつも電話の向こう側から“カランッ、カランッ”と氷を入れたロックグラスをゆっくり手でまわす音が聞こえてきた。
「じゃあ、近いうち、メシでも食いましょう」が電話を切るときのあいさつだったけれど、その“近いうち”が実現しないうちに春さんと会うことはできなくなってしまった。だから“近いうち”とか“こんど”とか、そういうアバウトな約束はしてはいけない。友だちだったら「あさってはどうですか」「来週はどうですか」と具体的なプランを立てなければいけないのだ。
春さんは“アントニオ猪木のモノマネ”というジャンルを開拓した芸人だった。アントニオ猪木にあこがれ、“アントニオ猪木”を心から尊敬し、猪木さんを愛しすぎて気がついたら“アントニオ猪木”と同化していた。春さんからこんなはなしを聞いたことがある。
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『元気です!!!』 奇蹟としか表現できない感動の物語。
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