更新日:2022年08月28日 09:25
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女装小説家、女装ノイズコアバンドドラマーと出会う――仙田学の『女のコより僕のほうが可愛いもんっ!!』

 前回の記事に書いたが、ママのくりこさんへのインタビューで最初に話題になったのも、「女装とは理想の女性像を具現化する行為である」ということだった。「理想の女性像」とは、欲望の対象として求める女性像ではなく、自分がそうなりたい女性像だ。けーこさんの発言にも、私はとても共感した。 「わかります。女装するときって、芸能人の誰それみたいになりたいとか、そういうお手本が外側にあるわけじゃなくて、自分のなかから掘りだしてくる感覚なんですよね!」  私のiPhoneには「女装」フォルダーがあり、過去の自分の女装写真が好きなときに見られるようになっている。夜な夜なウイスキーを飲みながら眺めて喜んでいるのだ。好きな女の子の写真を見てニヤける感覚に似ているが、遥かに大きな幸福感に包まれる。  精神科医のユングによると、男性の無意識のなかには、女性としての人格(アニマ)が潜んでいる。社会性を身につけるために、男性は男らしくあることを強いられるのだが、一方で女性としての人格を消し去ることもできず、それは母親や恋人など、成長に応じてさまざまな対象に投影されていく。  好きなタイプの女性とは、自分のなかの女らしさを具現化した存在というわけだ。最終的に、アニマは外部に投影されることをやめて、ひとつの人格に統合されていく。中年男性の女装は、その意味でユング心理学を例証するような行為だといえる。 「仙田さんは、女の子になりたい願望があるんですね。僕の場合は、女装してる自分を道具として使ってきたいだけで。可愛い女装子を見ても、可愛いとは思うけど、セックスしたいって気にはならないんですよね」  「ヤりたい」というのはリップサービスだったのか……。私も、女装子とセックスをした経験はないし、そのような願望もなかった。女の子になりたいわけでも、男の子を好きなわけでもない、という点でけーこさんには親近感を覚え始めていたが、それを吹き飛ばすほど、けーこさんの女装観はストイックだった。自分の見た目を理想の女性像に近づけること、その一点にけーこさんの関心は向けられていて、そこにはセクシャリティや自己実現などといった言い訳はない。  今後の目標は、肌のコンディションを整えていくことだという。会社員として働きながら月に10本のライブをこなすため、常に睡眠不足なのだとか。  仕事と音楽活動を両立させるうえで、着替える場所が少ないことにも困っている。女の子クラブの店内にあるメイクスペースと、ライブハウスの楽屋くらいしかないのだと。実家暮らしのため、自室で着替えてそのまま外出することはためらわれる。  仕事でしか女装をしないけーこさんですら困るほどだ。趣味で女装をするひとたちは言わずもがなだろう。けーこさんのようなひとの存在が広く知られて、女装にも釣りやパチンコやガンプラと変わらない、趣味としての市民権が与えられてほしいと願う。  インタビューの後に、一緒に写真を撮っていただいた。並んで撮ったはずなのに私の顔がやけにデカい。けーこさんは抜かりなく、ちょっと下がって小顔効果を狙ったらしい。

女装した筆者(左)と、けーこさん(右)

【仙田学】 京都府生まれ。都内在住。2002年、「早稲田文学新人賞」を受賞して作家デビュー。著書に『盗まれた遺書』(河出書房新社)、『ツルツルちゃん』(NMG文庫、オークラ出版)、出演映画に『鬼畜大宴会』(1997年)がある
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