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コロナ対応で見えた日本政府のチグハグさ。自助できる体制づくりを

チャンネル登録者数は70万人を超える、人気政治系ユーチューバーのKAZUYA。政治的スタンスは「ライトなライト」(軽い右寄り)を自認する。日本の未来に光をともすべく、難解な政治ニュースや社会問題を軽やかに、明るく、面白く斬る!

「自助・共助・公助」は政府の責任放棄か

ライト_自助

人気政治系ユーチューバーのKAZUYA氏

 菅義偉総理大臣は昨年の所信表明演説で、目指す社会像として「自助・共助・公助」を掲げました。「自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。そのうえで、政府がセーフティネットでお守りする。そうした国民から信頼される政府を目指します」と意図を語っています。  個人的にはそのとおりだなとしか思わないのですが、「それは政府の責任放棄ではないか」などとマスコミや左派勢力からは批判も見られました。  しかし自助の精神を持つ自立した人々が多くいないと、共助も公助もないでしょう。依存心よりまず大事なのが独立心ですし、その気概がなければ弱者救済もできません。ただコロナ禍においては自助自体が難しくなっているのも事実です。

「自助」できるような体制を目指してほしい

 数回の緊急事態宣言で人の移動が制限され、まさに自助の精神で事業のためにリスクを取って投資していた人ほど厳しい状況に立たされています。業態を変えるにしたって、事業規模が大きければ大きいほど難しいのです。  飲食店は時短営業や酒類提供を自粛するように指導されますが、協力金で運営や雇用が守れない場合、無視して営業を続けるのもある意味自助努力と言えます。非難はされますが、自分がその立場だったらと考えると咎められません。  自助したくても難しいからこそ公助の出番ですが、日本政府は即断即決できません。そもそも自助の精神をいうのであれば、もっと自助できるような体制を目指してほしいものです。自助の精神が大事なら、優先すべきはバラマキよりも減税でしょう。集めて配るという煩雑なことをやるより、そもそも集めなければ、国民は各々の判断でお金を使えるのです。“公助”と称して業者の中抜き控除はやめましょう。自助なら国民が自由に使えるお金を増やしていくべきなのに、菅政権からはまったくその気配が感じられません。言行不一致です。
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言い訳ばかりの“会見派”
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