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岸田政権の「新しい資本主義」に漂う、高度経済成長へのノスタルジー<経済思想家・斎藤幸平氏>

なぜ日本の若者は保守化しているのか

―― 諸外国ではグレタさんに代表されるように、若者たちが格差や気候変動に対して声をあげ、それが社会を動かす力になっていますが、日本ではそうした運動はほとんど見られません。先の衆議院選挙でも、多くの若者が格差や気候変動を引き起こしてきた自民党に投票しており、非常に保守的という印象を受けます。その理由はどこにあるのでしょうか。 斎藤 色々な要因が絡み合っていると思うので、「これが答えだ」と言い切ることはできませんが、私が見聞した範囲で話しますね。先日、仙台の「フライデーズ・フォー・フューチャー(未来のための金曜日)」の若者たちと話をする機会がありました。この運動の元祖が、例のグレタさんのスウェーデン国会前での座り込みです。それに賛同した若者たちが次々、金曜には学校をサボタージュし、政府に対して気候変動対策をとるよう強く求めたのです。  欧州でのこの動きに触発され、日本でもフライデーズ・フォー・フューチャーが結成され、デモやオンラインでのアクションなど様々な運動を行っていました。しかし、日本のフライデーズは、グレタさんの運動の一番の核である学校ストライキをやったことがありませんでした。今回仙台のグループが初めて学校ストライキを行ったのです。  なぜこれまで学校ストライキをやってこなかったのかと彼らに尋ねたところ、過激なことをやると社会の支援が得られないと考えたからという答えが返ってきました。彼らはデモやストライキについても「気候マーチ」と言い換え、柔らかい表現を使っていました。  これは若者の問題というより、日本社会全体の問題です。日本には波風を立てることを避けたり、誰かを強い言葉で批判することを嫌がる風潮があります。大人たちも争いを好まず、自分たちの上の世代の顔色をうかがいながら日々の生活を送っています。  若者は大人の姿を見ていますから、大人たちがそうした振る舞いをしていれば、若者たちも積極的に声を上げることを避け、保守的になっていくのは無理もありません。  2019年に日本財団が世界9カ国で行った18歳の意識調査によると、「自分で国や社会を変えられると思うか」という質問に対して、「イエス」と答えた割合は、日本は2割にも届かず、諸外国と比べて圧倒的に低くなりました。  しかし、私たち大人にしても、「自分で国や社会を変えられると思うか」と問われ、「イエス」と答える人はほとんどいないと思います。  こうした状況を改善するには、人々が声をあげることによって、たとえ少しずつだとしても、実際に社会が変わっていくという経験を重ねることが重要だと思います。若者も大人も含め、私たちは社会に対してもっと声をあげていく必要があります

ポスト冷戦世代の役割

―― 格差問題や、環境破壊をもたらす企業活動のあり方に真っ先にノーを突きつけるべきは労働組合だと思います。しかし、昨今の連合(日本労働組合総連合会)は存在感を発揮できておらず、共産党を批判する場面ばかり目立ちます。 斎藤 旧来の労働運動が有効性を失っているということだと思います。労働組合は基本的に経済成長を前提に企業に対して賃上げを要求しますが、日本では経済成長自体が難しくなっており、仮に経済成長を実現できたとしても、それによって環境が破壊されてしまうので、これまでの労働運動のあり方では広範な支持が得られなくなっています。  また、最近では非正規雇用の労働者やパートで働いている人たち、介護や保育などケア労働に従事している人たちが増えていますが、連合は大企業の労働組合が中心となっています。非正規雇用がどんどん増え、マジョリティになりつつあるのに、彼らを包含していないのだから、旧来型の労働運動が行き詰まるのは当然です。  その結果、いまや連合は大企業の正社員の特権を守り、非正規雇用の労働者たちを排除しているようにさえ見られています。だから衆院選の際も、野党共闘を応援している人たちから「連合はいったい何をしているのか」と批判されたわけです。  一方で、今野晴貴さんの『ストライキ2・0 ブラック企業と闘う武器』(集英社新書)によると、日本でも非正規雇用やケア労働に従事する人たちを中心とする運動が生まれつつあるそうです。連合はそうした運動を取り入れつつ、組織や運動のあり方をアップデートしていくべきでしょう。 ―― 資本主義を根本的に見直し、脱成長へと舵を切る上で大きな壁になっているのは、世代の問題だと思います。ソ連の記憶が鮮明で、学生時代に過激な学生運動を経験した人たちは、条件反射的に「脱成長とは要するにソ連のことだろう。そんなものは受け入れられない」といった発想になるのだと思います。立憲民主党と共産党の共闘に反対しているのも、この世代の人たちだと思います。しかし、いまの40代以下はソ連の記憶はそれほどないですし、学生運動に参加した経験もないでしょうから、あと10~20年もたてば、日本の様子はだいぶ変わってくると思います。 斎藤 それは間違いないと思います。ソ連崩壊に直面した世代は、とにかく資本主義以外の選択肢はなく、資本主義の枠内で問題を解決しなければならないという発想を強く持っています。しかし、私自身もそうですが、ポスト冷戦世代はそうした発想にとらわれていません。ポスト冷戦世代が社会の中心になれば、価値観は確実に変化します。  すでに海外では「資本主義のままではダメだ」という声が強くなっています。グレタさんが50歳になるころには、世界は全く違う景色になっているはずです。日本もこの流れに乗り遅れてはなりません。  岸田さんの「新しい資本主義」はおそらくうまくいかないので、今後日本では格差がさらに拡大し、社会的弱者がますます苦しい立場に追い込まれる可能性があります。そうなれば、より大きなシステムチェンジを求める声が高まってくるはずです。そうした声をすくいあげていく運動を、リベラルや左派、あるいは保守も含め、日本社会の中にいまから作っていく必要があります。 (12月4日 聞き手・構成 中村友哉 記事初出:月刊日本2022年1月号) さいとうこうへい●1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2022年1月号

【特集1】「新しい資本主義」の正体
【特集2】覇権国家・中国とどう向き合うか


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