第504回

4月1日「ぱっと消えた」

・なにか操作ミスをしたみたいで、2012年末以降の書き込みを全消去してしまった。折々の近況や時評、特に私生活や私感の文章はここだけに書き続けていたのだ。バックアップは取っていない。つまり僕の5年間が消えたということになる。

・1987年、『宝島』という雑誌に「渡辺浩弐のファミコン業界裏事情日記」というタイトルのコラムを始めて以来30年間、掲載場所はたびたび変わったが、いずれかの雑誌やサイトの上で途切れなく日記形式のコラムを連載してきた。自分でも、特定の時期のことを振り返る時はいつも過去の連載記事を確認していた。そのデータベースが5年分消失した。結婚したこともフルコンタクト空手を始めたことも整形したことも服役したことも仮想通貨で儲けたことも全部、消えた。つまり僕はこの5年のそれら全てが「なかった」という世界線に移ってしまったともいえる。

・ただ、良いこともあった。日記が消えた瞬間、ここ数年煩っていた腰痛が急に治った。腹回りの贅肉もすっと消えた。鏡を見ると白髪も顔の皺もなくなっていた。家に帰ると嫁はモニターの中に戻っていた。つまり、5年ぶん若返ることができたということだ。

・引きこもってるような人にも言いたいんだけど、何もせずに5年や10年を過ごしてしまったとしても、そのぶん長生きすればいいだけの話なのである。人生とは自在に伸び縮みするものだ。無駄な時間なんてない。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。