第519回

7月15日「赤と青」

・子供の頃、兄に頭をバットで殴られて昏倒したことがあった。命は取りとめたが、意識が戻ってしばらくしてから、自分がおかしくなっていることに気づいた。

・赤い色が青に、青い色が赤に見えるのである。たとえば青空が一面、真っ赤に見えるのだ。驚いて転んで膝を切ったら、そこから青い血が流れ出す。

・そのことを他人にうまく説明できない。「空が赤いんです」「ふざけるな青いじゃないか」となる。そこで、ふと考えた。自分が赤く見えている色は、他の人にはそもそも僕が青と呼んでいた色だったのではないか、と。

・「赤っていったら赤だ。血液の色。燃えさかる炎の色。熟したリンゴの色」……いや、それらみんなが青く見えてるとしたらその青は赤じゃないか。

・「青は落ち着く色、赤は興奮する色だ。赤は、見ていたらなんか熱い感じのする色だ」……いや、もし火や血が青く見えるのなら、青色にそういうイメージを感じるだろう。

・自分が見えている世界は、他の人が見えている世界とは全然違うのだ。他人に、自分のことを理解してもらうことなど、不可能なのだとその時、悟った。

・諦めてしばらく暮らしていたら、やがて、赤と青が入れ替わった違和感はなくなったのである。青だった色が赤と、赤だった色が青と、普通に感じられるようになった。僕はこの世界に慣れたのだ。というか、人間の主観なんて、この程度のものだったのである。

・この感じを体験したい人は、視界の上下がさかさまになるヘッドセットが売っているので、試してみるといい。装着して生活すると、最初の頃はそりゃもう不便で満足に動き回ることもできないが、数日で慣れる。というか、上下ひっくり返って普通に見えるようになる。

(今アマゾン見て来たけど、これプレイステーションVRより高いんですね)

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。