第512回

5月26日「VOFANさんのこと」

・台湾からシカゴ。そして1週間を過ごしてまた台湾へ。今回の旅はずっとVOFANさんと一緒だった。彼の地元である台湾で一度解散した後、改めてご自宅にまで遊びに行ったりした。とても物静かな人だが、長い時間にわたって行動を共にしつつ何気ない会話をぽつりぽつりと積み重ねるうち、その魅力的な人となりに触れることができた気がしている。

・空港での待ち時間などによく話し込んでいたのは例えば、「孤独」というものの価値について、だ。それはコミュニケーションとは真逆に存在するものだから、マイクを向けて質問を浴びせかける形式のインタビューでは得られなかったテーマだ。

・PCでイラストレーションを描き始めた頃はネット上の情報も乏しく、彼は手探りで試行錯誤を繰り返していた。最初はイラスト制作用のペイントツールではなく写真用の画像処理ソフトを使って描いていたそうだ。さらに驚くべきことに数年間はマウスだけで描いていたという。

・その過程で、自分で撮った写真を合成したり処理しながら検証していく試みがあったらしい。一人で延々と行っていたこの作業の果てに、ある日突然、彼の絵は美しく発光し始めるのだ。その瞬間のことを彼は「自分でもとても不思議だった」と言う。

・この技法で彼が次々とものした作品はネット上ですぐに話題となり、世界に拡散されていった。「光の魔術師」VOFANの誕生だ。2005年あたりのことらしい。

・振り返ると、最も大切だったものは「孤独」だったと彼は言う。当時それをあり余るほど持っていて、その価値に気づかなかったのだ。無名で、仲間もいない、一人ぼっちだったからこそ、誰もやったことのない作業に迷うことなく集中できたのだ。

・だとしたら今クリエーターを目指している若い人達は、気の毒だと思う。創作の大事な資源である「孤独」を、SNSが吸い取るからだ。ひっきりなしに日常の言葉や風景あるいは細切れの創作物をアップしては「いいね」を付け合う。自分をほめてくれる人だけのコミュニティを作り、その小さな世界に君臨することもできる。そういうところでスポイルされてしまう才能があるとしたら、とてもとてももったいない。

・今の「VOFAN」はどうだろう。もう彼は一人ではない。なにしろ世界中にファンがいて、各国の大企業から仕事依頼が引きも切らない。プライベートでは愛妻そして子供達と、仲むつまじく高級マンションで暮らしている。

・そんな彼から、とても興味深いことを聞いた。その幸福な日々の中で彼は時折意図的に孤独に立ち返っているのだと。その方法を、大事なシステムとして、持っていたのだった。

・どうやって? ……一言でいうと「スマホを捨てよ旅に出よう」ということなのだけど、全てのクリエーターに聞いてほしい話がここにあるので、どこかで改めて詳しく書こうと思う(もしかしたら彼をモチーフにした小説になるかも)。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。