第91回

02年11月12日「テン・イヤーズ・アフター」

・パソコン上にいきなり「1時間後に信藤三雄さんち」と言う表示が出た。自分で入れておいた時限メッセージである。いつ入れたか確認したら、1992年11月4日だった。

・信藤さんは特にミュージシャンの間で信望の厚いカリスマ

・デザイナーである。僕は駆け出しの頃、この人のところにおしかけて弟子入りしていたことがあったのだ。

・さっそく電話をしてみる。しかしなにせ10年ぶりである。その間に信藤さんは渋谷系ムーブメントを仕掛け、さらにはデザインだけでなく音楽プロデュースや映画監督を始めたという噂も聞く。自宅も、事務所「コンテムポラリー・プロダクション」も当然、移転してしまっていた。

・消息を調べるのに30分くらいかかり、おかげで1分35秒も遅刻してしまったが、温厚な信藤さんは笑顔で迎え入れてくれた。それから、予定通りきっかり1時間35分、談笑。信藤さん、最近はゲームソフト『かまいたちの夜2』のジャケットデザインもやったそうだ。知らなかった。デザインが軽視される傾向の強いゲーム業界にあって、チュンソフトがソフトの中身だけでなくトータルプロデュースまで、いかにこだわっているかよくわかる。

・非常に長いスパンでものごとを考えるという点で僕はこの人の影響を受けている。次は2012年11月22日午後4時15分に、伺うことになった。

02年11月13日「AIではない」

・『アイ(The EYE)』試写。香港+タイ合作、『レイン』のパン兄弟監督作品。角膜移植手術を受けて視力を回復した女性に、普通の人々に見えないものが見え始める。暗転シーンが多用され、そのたびに、映画館の暗闇が心底怖く思える映画。

・欧米の作家は、徹底的に怖がらせようとする時どうしても血肉飛び散るスプラッタに走ってしまう。精神を内側からさいなんでいくような『アイ』の感覚には、『リング』に通底するものがある。アジアの文化的バックグラウンド、というより、風景や湿度にも関係しているような気がする。

・さて、『リング』や『女優霊』に続いて、この作品もハリウッドにリメイク権が売れたそうだ。出資者はトム・クルーズ。ハリウッドは権利を買って、演出ごとコピーすることによってこの独特のアジア的恐怖を現出しようとしているわけだ。重要なのは、こういう場合原作者だけでなく監督にも莫大なロイヤリティーが支払われるということ。閉塞感の中でもがいている日本の若手監督にとって、今は大きなチャンスと言えるかも。

02年11月15日「ひらきこもった!」

・講談社の田中さん、来社。6月24日~9月24日の期間、ネット上に勝手連載していた『ひらきこもりのすすめ』単行本バージョンが、遂に仕上がった(=写真)。11月20日発売。

・ネット上の文章については既に過去のものになっているわけだが、ウェッブ版『ひらきこもりのすすめ』も、しばらくは残しておくことにした。本の上の文章と読み比べて頂けば、プロの物書きがどういうふうに、どれくらい推敲するものか、というサンプルとして参考にして頂けると思ったので。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。