第95回

02年12月1日「シムシティ的国家」

・マンガ家さん2名(A先生、F先生)、出版プロデューサーさん2名と一緒に、シンガポール視察旅行。

・赤道直下、東京23区程度の大きさの島国を、まず機内から一望。中心部ビジネス街にはピカピカの摩天楼が林立し、周縁の住宅地区には高層の公団アパートがドミノのように整然と立ち並ぶ。湾岸部では工場群と港が巨大な鉄骨でがっちりと一連なりになっている。化学工場は沖合にあるジュロン島にまとめられ、大小様々の煙突で覆われたその姿はまるでハリネズミのように見える。一方南部のセントーサ島は、美しい砂浜に囲まれ緑に包まれ、まるでハワイやグァムのようなリゾート風情。全体の印象は、なんというか、マニアが丁寧に、緻密にプレイしている『シムシティー』という感じだ。

・仕事に入る前にしばらく時間をとり、街をぶらついてみた。放っておけばジャングルになってしまう土地の上に、建物、道路、そして各種設備が完璧に仕上げられた、テーマパークのような町並み。虫一匹見ないし、ゴミ一つ落ちていない。裏では相当の努力が行われているはずだ。

・最近こちらに赴任してこられた森田さん@電通アジアから、いろいろと話を聞いてみた。やはり管理機能が完璧らしい。例えばこの国にいる全ての犬の体内にはデジタルデータをインプットしたマイクロチップが埋め込まれている。全ての車のダッシュボードにはERPシステムという端末が設置されている。有料道路や駐車場を通るたびにゲートにスキャンされ、キャッシュカードから自動的に料金が引き落とされる。キャッシュカードを差し込んでいなかったり残金がなかったりしたらその場で顔写真を自動的に撮影され、後で罰金の請求書が届くという。

・人間はチップこそ埋め込まれていないが、IDカードの携行は義務づけられている。SF映画のような状況が日常に入り込んでいるのだ。中国系、マレー系、インド系それぞれの文化、さらに植民地時代の英国文化などが混じり合った多様性の上に文明都市国家を築き上げるには、こういうシステムが必要だったわけだ。

・さて森田さんに、チャターボックス@マンダリンホテルの海南チキンライスをおごってもらった。茹で鶏と、そのスープで炊いたご飯。肉はやわらかくてあっさりしているが味に深みがある。仙草ジュースと合う。豚肉がタブーのイスラム教徒と牛肉がタブーのヒンズー教徒が同席する機会が多いため、チキン料理が自然と進化したのだろう。

02年12月2日「シンガポールゴーズトゥジャパン」

・朝、シンガポール官庁街に。経済開発庁を訪問。

・今回僕らを誘ってくれたシンガポール政府のスタッフは、マンガ、アニメ、ゲーム業界の取材について、関連各社のアポイントを全て、完璧に取り付けてくれていた。それだけではなく全日程において、スタッフの誰かが同行してくれるという。日本のお役所も最近はマンガやアニメにすごく肩入れしてるという話だが、ここまで具体的にやってくれるものだろうか。

・まず、スタッフから現状についてのレクチャー。シンガポールは国土が狭く、人口も少ない。資源も、これといった農産物もない。そこでアジアの中心という地の利を生かし、物流中継拠点としての機能に注力して、めざましい成果を上げてきた。そして今、21世紀型経済振興の切り札として最も力を入れているのがIT分野らしい。

・モノの貿易からデータの貿易に、というわけ。ここから全アジアに向けての太い回線インフラは既に完成。今後、この国から様々なコンテンツを発信していきたいという強い意欲がある。その流れで、今のところ日本の状況が注目されている「マンガ・アニメ・ゲーム」に目を向けた。となるとすぐに政府を上げてのリサーチを開始して、我々のような、現場サイドの人間にまで声をかけてくる。この行動力にも驚かされる。

・何事でも、こうと決めたら官民が一丸になって一気にやり遂げてしまうのがシンガポール流らしい。さて、具体的にどんなやり方で日本に追いつくのか、そして、追い抜いてしまうのかどうか(このリポート、続きます)。

・ところでシンガポールビジネス街で人気の朝食は「カヤトースト」。中国風シロップで味付けされた英国風かりかりトーストを、ベトナム風のどろりとしたコーヒーと一緒に。笑いだしたくなるほどのうまさである。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。