第96回

02年12月3日「シンガポール続報」

・シンガポール経済開発庁スタッフと一緒に、デジタル・エンターテインメント関連各社を回る。

・まずはチャン・イー社に。日本のマンガを翻訳してリリースしている出版社としては最大手。シンガポールは国内マーケットがとても小さい(総人口400万人弱)のでかつて出版はマイナーなビジネスだった。しかし、特にマンガについては、同一コンテンツで全世界をマーケットにすることができる。

・多言語文化の強みで、この国の翻訳ノウハウは卓越している。著作権についても、欧米や日本と同程度のモラルと法体系が確立している。今後、マンガなどについてはいったんシンガポールに素材が集まり、加工された後、アジア全域に出荷される、という形態がありえると言うことだ。もちろん、その先には欧米を狙う道筋も、見えてきている。

・社長以下スタッフのめんめんと話し込んだが、ビジネス面だけではなく個々の作家や作品に対する理解も深く、感心させられた。日本にもちょくちょくいらしてるらしく、A先生、F先生とは既に顔なじみだった。こういう出版社が伸びていく可能性は高い。

・さてその後、国立南洋(ナンヤン)理工学院(ポリテクニック)ではデジタルメディアコースのスタッフと会い、カリキュラムとしてデジタルアニメ、デジタルマンガを取り入れる可能性について論議。全米オンエアが決定したアニメ『トマト・ツィンズ』の制作元ピーチブロッサム社では、フラッシュアニメの可能性について話が盛り上がる。このあたり、面白い話題が多いのでそのうち筆を改めます。

・1時間ごとにびっしりと詰め込まれたスケジュールに最初はびびったが、コンピュータのように正確に動く経済開発庁スタッフのおかげもあって、実にスムーズに予定をこなすことができた。1周してもせいぜいマラソンコースくらいの広さの国なので、どこに行くのもクルマで10分程度。この便利さもビジネスの有利さかもしれない。それから、どこに行っても政府スタッフが、それぞれの現場の人たちと実にフレンドリーに声をかけあっていることに驚いた。「例のプロジェクト、その後どう?」「何か困ってることがあったら連絡してね」てな感じで。日本のお役人はどうだろう。

・さてオーチャードロードの名物は、露店のアイス。ドリアン味まである。パンにはさんで食べる。


02年12月4日「肉骨粉ではない」

・チャン・イー社の社長夫妻と朝食。シンガポーリアンの元気の秘密は朝一杯のバクテー(肉骨茶)らしい。ポークリブのスープ。



・さて今日も政府スタッフと動く。マンガを使って教育出版物をプロデュースしているアジアパックブックス社、香港資本と提携しハリウッド進出をはかるCGプロダクション、タイフーンデジピクス社。新スタイルのネットコンテンツを展開しているバスナス社、ネットで都市情報を配信しているウォーカー・アジア社等。

・バスナス社の社長・ジョニー・ラウ氏の名前には聞き覚えがあった。尋ねてみると、やはり人気コミック『ミスター・キアス』の作者だった。以前アジア各国でヒットしているマンガ本を取り寄せたことがあって、特にこの作品が印象に残っていた。

・主人公、短髪めがねのキアスはいつでも「金が全て!」。良く言えば超合理主義。悪くいえばケチでせっかちでちゃっかり者。シンガポール版ツルピカハゲ丸というか。それがシンガポール人を典型化していると、評判になって大ヒット。今ではテレビドラマ化もされている。

・そういう超有名クリエーターが、今はITコンテンツの会社を経営していたりする。ここのビジネス環境はかなり面白そう。

02年12月5日「アニメもマンガも」

・シンガポールの南端に位置するセントーサ島で開催されていた「アジア・アニメーション」というイベントに行く。

・インド、タイ等アジア各国のCG、アニメ会社がブースを出している。これまで主にハリウッドの下請けをしてきたところが、最近はかなり実力をつけてきている。オリジナル作品の制作をスタートしているところもある。

・こういう動きについてもシンガポールはアジア全体の中でコントロールタワー的な役割に立ちたい、との意向から、これは政府の肝いりで3年前からスタートしたイベントらしい。大手映像制作会社のプロデューサー氏の話によると、特にタイは価格競争力で、インドは技術力で相当の域に達しているそうだ。そういうところに独自ビジネスのアイデアを提供して、うまく連携をとりながら大作を仕掛けていきたい、とのこと。

・この現場で同行のマンガ家さんA先生、F先生は「MAGE(メイジ)」というマンガ&アニメ情報誌の取材を受けたので、同席。もとは同人誌からスタートして部数を伸ばしているところのようで、取材に来ていた編集者(10代の女性3人)はとても元気でかわいらしかった。マンガについてもアニメについても掲載されている情報はほとんど日本のものだ。シンガポールにも同人マーケットがあるようで、マンガ家志望の少年少女達は情報に飢えているそうである。

・その後、両先生と一緒に本島に戻り、また街をぶらついた。ここからまた余談。20年前には、インド人街(リトル・インディア)、中華街(チャイナタウン)などエスニック・タウンがあって、各民族は基本的にはそれぞれの街に分かれてそれぞれの暮らしをしてる感じだった。民族色の強い、とてもごちゃごちゃした町並みにはそれなりの風情があった。例えばアラブ・ストリートに入ると突然どこかのイスラム国家に紛れ込んだような風景になった。しかしその後、国民はほぼ全員を公団アパートに住まわせる政策が施行された。しかも、民族が固まらないように、そのビルの一棟ごとに人口比率が決められた。国全体の人口比率に合わせて、現在は1棟ごとに中国系約7割、マレー系約2割、そしてインド系約1割という比率で住まなければならない。

・となると必然的に、エスニック色は消滅していくわけだ。エスニック・タウンはちゃんと残ってはいるものの、今は観光主体の、一種の各国料理レストラン街のようになっている。

・かつてはちょっとした広場ではいろいろな屋台がてんで勝手に店を出していた。今はそういうものは全て撤去させられたようだ。しかしそのかわりに今は高層団地ビルの1Fスペースなどに政府が清潔なフードコートを設営している(ホーカーズ」と呼ばれる)。昔、屋台をやっていた人たちには、そこのブースが提供されたらしい。独特の文化は洗練されつつ残っているというわけだ。

・ホーカーズでは、A先生、F先生と一緒に「豚の脳ミソまるごとスープ」を食べる。

2005.02.14 |  第91回~

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。