第296回

1月26日「商業映画のターニングポイント」

・『バベル』試写。モロッコを旅行中の夫婦を襲った一発の銃弾。それは3大陸3カ所の「現場」を串刺しにする。英語・アラブ語・スペイン語・日本語・手話……それぞれの場所で出会った人々がそれぞれの言葉でぶつかり合う。個々の文化を並列にみつめるこの視点はハリウッド映画としては実に新しい。・世界の果てまでたどりついてしまい、「外側」を失ったアメリカはある日(9/11)突然、内側からヤられた。それ以降、ハリウッド映画はすっかり力を失ってしまった。世界を善と悪に、内と外にはっきり分けて勧善懲悪してみせるという構図が成立しなくなってしまったからである。

・『バベル』は、この状況をそのままスクリーンに展開してみせた多視点映画である。全てがありありと見えてしまって、もう端っこも真ん中もない世界を、マクロに、ミクロに、同時に活写する。そしてアメリカ映画としてではなく、ニューヨークよりもハリウッドに近い異文化国家・メキシコの映画として世界で公開されている。これがオスカーをとったら世界マーケットの映画にとってのターニングポイントとなるだろう。

・余談だが東京のシーンでやはり瞳孔が開く。今の日本の女子高生のダラダラしててイライラしててむずむずしてて憂鬱な感じをこれほどリアルに描いた映像は邦画にもない。演じている菊地凛子が実にいい。彼女は10代の頃あまり売れていなかったおかげでコギャル全盛期に割とフツーの青春を送ることができていたのかもしれない。この人がアカデミー助演女優賞とったら、ハリウッドのターニングポイントに日本のコギャルの存在感が貢献したことが、歴史に刻まれるわけだ。

1月30日「インディーズアニメの転機」

・「東京国際アニメフェア」公募作品の審査。今回は17カ国から全217作品の応募があった。

・作品群は高いレベルで平準化している。最終審査に残ったのは、プロの作品にひけをとらない仕上がりのものばかりだ。商業作品と並べても区別がつかない、悪く言うと埋もれてしまうようなものもとても多いのだ。こいつ頭がおかしいんじゃないのかと思わせるような個性の強い作品が激減している。この傾向をどうみるべきか。

・デジタルツールの低価格化に伴ってこの10年間、ショートアニメの世界に野心のある個人クリエーターが大量に参入してきた。その状況が企業や役所の目にとまり、メジャーデビューへの道やこういう賞体型が整えられてきたわけである。

そしていつの間にかこの領域はサブカルチャーではなくメインストリームになっていたのかもしれない。A級の人生を目指す賢い若者が進んで選び、大人も笑顔でそれを応援するような。それは良いことなのだろうけれど、天才と紙一重のような人々はもうここには来なくなっているような気がする。

・例えば日本の「マンガ」は、社会的に認められるまでに30年間、日陰で熟成していた歴史がある。それが大事だった。アニメはどうなるのだろう。

1月31日「機械と言っては申し訳ないか?」

・人間を機械としてみてみる。それによって、人体がどんなに精密でどれほど高度なものなのか、一人一人がどれほど貴重な存在であるのか、考える。そういう視点はまだ、持てないものだろうか。

2007.02.05 |  第291回~

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。