更新日:2018年04月06日 19:48
恋愛・結婚

インポを理由に女幽霊のコスプレをお願いしてみた――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第1話>

 先ほどまで目の前で繰り広げられていた儀式の恐ろしさと、生まれて初めて明らかな殺意を持った大人に襲われたショックで、誰も言葉を発することができなかった。ただ、恐怖と同時に、今まで経験したことのない体験をした高揚感で、体の奥の方が熱く火照っているのも感じていた。そのうち三人とも笑顔になっていたが、「顔も見られちゃったし、これからずっと命を狙われるね」という友達の言葉で、自分たちの未来がお先真っ暗になってしまった事実に気づいた。さらに追い打ちをかける出来事が起きた。友人の一人が、逃げている途中で家の鍵を落としてしまったのだ。まだおっさんが居るかもしれない神社に戻るのは自殺行為だが、鍵を見つけないと深夜に出歩いていたことが親にバレてどっちにしろ殺されてしまう。覚悟を決めた私たちは、三角形の形に隊形を組み直し、前後左右に細心の注意を払いながら自転車を神社の方に進めた。  信じられない光景を目の当たりにした。  空に輝く半月の光に負けないぐらい青白く闇を照らす自動販売機。その自販機の横にある赤いベンチに白い悪魔が腰掛けている。待ち伏せか。いや、その顔は満面の笑顔だった。手にはトンカチではなくバヤリースのオレンジジュース。本当に美味しそうに飲んでいる。「走って……喉が渇いたんやな……」と東が冷静に説明をしてくれた。私たちに気付いたおっさんが、やけに陽気な声で話しかけてきた。 「さっきはごめんな! ちょっと怒り過ぎた!」 「……」 「もう怒ってない! 何もせんからこっちこい! オレンジあげるから!」 「油断はするなよ」  東が小さな声でつぶやく。三人で銃を構えたままおっさんに近づく。「怖い子たちやな! ほれ、これでバヤリース買え!」とおっさんはたくさんの小銭を渡してきた。  白銀色に輝く街灯の下で、白い服のおっさんと銃を持った中学生三人組がベンチに腰掛けてオレンジジュースを仲良く飲んでいる。おっさんは友達の家の鍵もちゃんと拾っておいてくれた。良いおっさんなのか悪いおっさんなのか分からない。 「おじさんは、誰のことを藁人形で呪おうとしたの?」と東が直球の質問をする。おっさんは答えない。「もしかして……ビジーフォー?」と意を決して尋ねた私の言葉におっさんが爆笑する。 「わしの知らん外人の歌ばっかモノマネするあいつらは大嫌いや。でもあいつらには呪う価値もありゃせんわ」 「そうなんだ……」 「わしが呪いをかけていた相手は不動産屋の息子や。わしと同い年のくせに生意気なんや」と言ってバヤリースの残りを一気に飲み干した。「さ、ガキンチョは帰って寝なさい!」。おっさんはそれ以上は何も答えなかった。  その年の秋祭り。神社からお神輿が出発する。「わっしょい! わっしょい!」。呪いをかけていたおっさんと、呪いをかけられていた不動産屋の息子が一緒にお神輿を担いでいる。二人とも楽しそうだ。人間の気持ちなんてそんなもんだ。人を呪おうとした時は、美味しいオレンジジュースでも飲んでみるといい。ジュースを飲んだ後も相手のことが嫌いならその気持ちは本物だ。呪い殺してしまえばいい。美味しい食べ物に勝る恨みなんてこの世にはなかなか無いのではないか。  幼少の頃に母親に捨てられた私は、幽霊にまで母性を求めるようになった。一時も傍にいてくれない母親よりも、一生私にとり憑いてくれる幽霊に会いたかった。幼少期は墓場でばかり遊んで、幽霊を連れて帰ろうとした。大人になってからも、有名な心霊スポットに足を運んでは、幽霊にとり憑かれるためにいろいろと悪態をついた。それなのに、女の幽霊には一度も会えなかった。本当に出て欲しい人の所に幽霊は出ないのだ。幽霊は本当に役立たずだ。「あちゃ~~!」と廊下で大声がする。しわくちゃになった白装束を着たアスカがピョコッと顔を出した。 「洗濯のやり方間違っちゃった~。ごめん。シワシワになっちゃった」 「……」 「怒ってる? 本当にごめんなさい」 「幽霊が謝るなよ」 「だって~~」 「俺がアイロンかけるから脱いで」 「……うん」  もぞもぞと不器用に白装束を脱ぐアスカをぎゅっと抱きしめる。アスカの言う通り、私のインポが呪いだとするならば、この呪いのおかげで、ようやく私だけの可愛い幽霊を手に入れることができた。あの夜に飲んだバヤリースオレンジジュースが最高に美味しかったように、恨みから良い事が起きることもある。インポという呪いはいつか解けてくれないと困ってしまうが、この恋の呪いだけは一生解けなくていい。心からそう思った。 爪切男のタクシー×ハンター文/爪 切男’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

⇒特設サイトはコチラ http://www.fusosha.co.jp/special/tsumekiriman/

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