更新日:2018年02月27日 13:56
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貧困、差別、ドラッグ…日本のアンダーグラウンドが凝縮された街・川崎の過酷な現実

様々な人種が共存する川崎のもう一つの顔

 ルポには川崎で行われたヘイト・デモと、カウンターの人々の抵抗も描かれている。そして多文化地区・桜本で行われた「日本のまつり」という祭りの描写も興味深い。この祭りには、韓国料理やペルー料理の屋台が並び、神輿も出ればプンムルノリ(※4)も行われていたそうだ。 「京浜工業地帯に位置する川崎区は、日本経済を長く支えてきた場所です。そこには戦前から労働者が全国から集まり、中には朝鮮半島にルーツを持つ人たちもいました。そのため古くから朝鮮系のコミュニティがありましたし、近年ではフィリピンや南米のコミュニティもあります。リーマン・ショックでブラジルの人達が一挙に帰国したというニュースがありましたが、そこで帰れなかった人達の一部は、職を求めて同胞のいる川崎に集まってきました」  そして原稿の冒頭で触れた、酩酊している中学生を磯部氏が見かけたのは、ドヤ街の火災のあった川崎区日進町。 「脱法ドラッグ関連の取材もしてきた身からすると、そういった光景自体は過去にも目にすることはありましたが、川崎区は何というか、問題の密度が高いと感じました。そのときも、おかしくなっている子どもたちもいれば、仕事にあぶれたおじいちゃんが昼間から公園でチューハイを飲んでいたりするし、真横には警察署もある。川崎駅前にはラゾーナ川崎のような大きな商業施設もありますが、日進町はすぐ近く。でもラゾーナに行く人たちは、日進町には当然足を伸ばさないだろうし、ひょっとしたら、そんな街の存在すら知らないかもしれません」  そのような“川崎の暗部”を覗き見できる『ルポ 川崎』は、読み手の俗な好奇心を強く刺激する。例えば「ノミとハンマーで落としたヤクザの指がどこかに飛んでしまい、みんなで一緒に探した」という『仁義なき戦い』のような話が実話として登場するので、「ヤバい話を読みたい」という人は本書の格好の読者だろう。  磯部氏は、自身にもその種の“スラムツーリズム的な欲望”があることを前提に、ルポの成り立ちをこう説明する。 「まず『サイゾー』というゴシップ誌的な雑誌の連載だったので、エグめの内容を期待されている部分がありました。もちろん自分にもスラムツーリズム的な興味はありましたが、『それだけで終わらないものを書けないか』とも考えていました。というのも、連載前の準備期間に、川崎の人たちに会って話を聞いている中で、『どういう視点で川崎を書かれるんだろう……』という疑念を彼らから感じて。誠実に取材をしなければ話を聞けませんし、川崎市南部もたびたび紹介している『東京DEEP案内』のような、勝手に撮影して、勝手に載せるという一方通行のやり方では限界があるだろうと感じていました」  川崎が抱える貧困の深層とついて回るコミュニティのしがらみ。そこから抜け出す手段の一つとして大きな役割を果たしている音楽などカルチャーの力。現代社会が抱える闇の写し鏡ともいえる川崎の今、そして未来へと話は進む――。 ※1 BAD HOP T-PablowとYZERRの双子の兄弟を中心とし、構成された川崎発のヒップホップクルー。昨年9月6日に2ndアルバム『Mobb Life』をリリース。T-PablowはMCバトル番組『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)にもレギュラー出演していた BAD HOP / Mobb Life feat. YZERR, Benjazzy & T-Pablow (Official Video) – YouTube
※2 『高校生RAP選手権』 BSスカパー!のバラエティー番組『BAZOOKA!!!』内のコーナーとして2012年にスタート。2016年の大会は平日開催にもかかわらず日本武道館に約8000人を集めており、最近の大会ではエントリーも1000名を超えている ※3 日進町のドヤ街で火災 神奈川県川崎市川崎区日進町にある簡易宿所「吉田屋」で火災が発生。隣接する同じく簡易宿所の「よしの」に燃え移り、2棟合わせて約1千平方メートルが全焼。11人が死亡、17人が重軽傷を負った。 ※4 プンムルノリ 韓国の民俗的な祝祭で行われる、楽器の演奏や踊りを伴う伝統芸能 【磯部 涼氏】 1978年生まれ。音楽ライター。主にマイナー音楽やそれらと社会との関わりについて執筆。著書に『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)、共著に九龍ジョーとの『遊びつかれた朝に』(Pヴァイン)、大田和俊之、吉田雅史との『ラップは何を映しているのか』(毎日新聞出版)、編著に『踊ってはいけない国、日本』(河出書房新社)など <取材・文/古澤誠一郎 撮影/山田耕司>
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ルポ 川崎

物議をかもした『サイゾー』本誌のルポ連載を大幅に加筆し、書籍化。上から目線の若者論、ヤンキー論、郊外論を一蹴する、苛烈なルポルタージュが誕生! 川崎の刺激的な写真も多数収録

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