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『花の慶次』伊達小次郎はなぜ「野たれ死にします」と吹っ切れたのか?

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第218回 海 マンガ『花の慶次』に登場する伊達小次郎は兄の政宗に代わり、自分が伊達家の当主になろうとしました。しかし小次郎を裏で操っていた母親の保春院が政宗の毒殺を企てたことで、その責任を取って斬首されることになります。  しかし実際は慶次が機転を利かせて、小次郎を生かしていました。伊達の家も名も捨てて僧侶となった小次郎は旅立つ前に、政宗と面会します。そして政宗に「これからどうする?」と聞かれると、「とりあえず海へ。そして生きるだけ生きたら野垂れ死にいたします…」と答えて立ち去ります。  小次郎はなぜ海を目出したのか。やる気を引き出すのは常に「人物の影響」です。「あの時、あの人がああ言ったから」あるいは「あの時、あの人が、ああしたから」と心を揺さぶられることがあると、「だから自分はこうしよう」と考えて行動できるようになります。  小次郎が影響を受けたのは慶次です。慶次は小次郎の介錯を任された際に、「海を見たことはあるか?」と問いかけます。山間で育ったため見たことがなかった小次郎が海について尋ねると、「広い! 果てしなくな……俺はその大海の前で人間の小ささを知った……」と語ります。  慶次の話を聞いた小次郎は目をつむって、海の大きさに想いを馳せます。そして首ではなく髷を切られ、家も名も捨てて、まず思い立ったのが海を見ることでした。
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だからこうしようと思える
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