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借金500万円男。蕎麦アレルギーになったからカジノと出会えた人生を振り返る

―[負け犬の遠吠え]―
ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。 それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。 「マニラのカジノで破滅」したnoteが人気を博したTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載は61回目を迎えました。  今回は蕎麦アレルギーとギャンブルのお話です。

蕎麦が大好きだった子供時代に起きたアレルギー

蕎麦アレルギー

写真はイメージ

 僕は蕎麦アレルギーを患っているが、これは元々蕎麦を過剰に摂取しすぎたからだと言われている。  小学生の時分、僕は全ての食べ物の中で一番と言えるほど蕎麦が好きで、両親の休みの日には少し遠出して蕎麦打ち体験会に連れて行ってもらうほど魅了されていた。蕎麦打ち体験会という渋い趣味には地元の市長やおじさんの政治家が参加していることも多々あり、僕が目上の人間に気に入られようとする性格になったきっかけの一つかもしれない。  何かにハマると異様に執着してしまう性格なので、蕎麦打ち体験会の間は身体中を蕎麦で埋め尽くすほどの勢いで蕎麦を食べていた。本来ならば作った蕎麦をみんなで食べるのが普通だが、僕は蕎麦を打つ途中も我慢できずにわがままを言い、乾麺の蕎麦を食べたりしていた。  蕎麦を浴びるような生活を続けたせいで、ある夏の蕎麦打ち体験会の帰り道に原因不明の呼吸困難にうなされ、駆け込んだ小児科の先生に蕎麦アレルギーを言い渡される。

蕎麦アレルギーを乗り越えたからカジノと出会えた

 当時の僕はこれを死刑宣告だと思った。人生80年とも言われるこの時代に、小学生にして一番好きな食べ物を封印されてしまった時、初めて「死にたい」と思った。年が経つにつれて世界は広がっていくというのに、これから蕎麦を超えるものと出会うかもしれないのに、それでも一番を取り上げられた絶望感というものは凄まじかった。  幸い子供ということもあり、そんな絶望の記憶もあっという間に時間に置いてきぼりにされ、気づくと蕎麦を失った悲しみをヨックモックのシガールクッキーで埋めていた。  子供の頃を振り返って「なんであんなことで死にたくなったんだろう」と思っていたのは、もっと大きな絶望や挫折を乗り越えたおかげで慣れてしまったからだ。  初めて紙で手を切った時、失血死が怖くて小便を漏らしたことがある。今は自販機の下にある金を取ろうとして手を伸ばした拍子に釘で腕をざっくり切っても「うわ、やっちまったな、水で流さないと」くらいにしか思わない。  自分史上一番嫌なことを乗り越え続けて今がある。  僕も蕎麦アレルギーを乗り越えたおかげでカジノに出会えた。生まれて初めての海外旅行は22歳くらいの時だった。まだ一族から見放されていなかった頃は、家が裕福でいくらでも海外に行く機会はあったのだが、僕は銃が怖くて全てのチャンスを逃していた。
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困難の味見をしない人生
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