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潰された「菅プラン」が持っていた“憲法上の正しさ”<著述家・菅野完氏>

憲法が殺された

 だが、今回の悲喜劇の最終盤で死体となって横たわっているのは菅義偉だけではない。もう一つの死体が転がっている。  憲法だ。  菅義偉が自らの延命のために企図した「総裁選の後ろ倒し・解散総選挙の先行実施」を実行に移すためには、まず、国会を開かねばならない。  確かにその国会召集は、国会を解散するためだけの、そしてこのプランの場合は、菅義偉が延命するためだけの国会召集となるであろう以上、歪なものである。しかし一方で、すでに野党が衆議院の四分の一の同意を取り付け内閣に国会召集を要求しているのも事実で、憲法53条の規定から言えば、国会召集は憲法上の義務でさえある。  その意味で、いかに保身から出た日程案とはいえ、解散総選挙の先行実施のために国会を速やかに開催することは、憲法の規定に合致していることとなる。逆に言えば「総裁選の後ろ倒し・解散総選挙の先行実施」の菅プランを「個利個略だ」と論いこぞって潰した自民党の党内意見やメディアの論調こそが、憲法の規定を踏み躙っていたということだ。  菅プランの“憲法上の正しさ”は、自民党の総裁選がいわゆる「フルスペック」となることが確定したことで、さらに際立つこととなっている。  今回の総裁選は任期満了に伴うものであり、無投票――これも菅総理が目指したものだが――でない以上、一般党員投票を行わなければいけない。自民党の各都道府県連ではその一般党員の投票を取りまとめる必要がある。だからこそ総裁選の選挙期間は、衆議院選挙と全く同じ12日間と定められている。それだけ日数がかかるのだ。  その選挙日程に従うと、新総裁の誕生は9月29日。国会召集はその後になり、しかもまず首班指名選挙を行うところから始めなければならない。新しい内閣総理大臣の誕生は、どうしても10月上旬にずれ込まざるを得ない。その新総理が自身を首班として指名した衆議院を直ちに解散したとしても、どうしても総選挙は衆議院の任期=10月21日を超えてしまうではないか。論理的には、首班指名→組閣→解散→10月5日公示→10月17日投開票とのスケジュールも可能だが、それでは選挙実務を担う地方自治体に無理が生じる。やはり現実的には、「任期満了後の投開票」ということになる。  つまり、あくまでも自民党総裁選挙を解散総選挙の前にやることに拘るならば、衆院任期満了を超えての解散総選挙という、憲法の規定と矛盾する事態の出来は避けられないのだ。

市民生活そのものが第三の被害者になる可能性も

 となると、やはり菅義偉が画策した「総裁選の後ろ倒し・解散総選挙の先行実施」こそが、唯一残された「憲法に抵触しない政治日程」だったことになる。菅義偉は自己保身からこの日程を画策したのだろうが、結果として、菅義偉こそが誰よりも憲法を尊重していたわけだ。しかし菅のこの企図は挫かれた。現実論としても憲法の要請としても大正論である菅の「総裁選前の解散総選挙」プランは、「菅さん一人の延命策でしかない」「奇手奇策だ」として、自民党内からだけでなくメディアからも総攻撃を受け、崩れ去ってしまった。  いかに与党といえども、自民党は単なる一政党。私的集団に過ぎない。にもかかわらず、その私的集団の日程こそが大事であって、憲法の要請する日程論はそれに劣後するのだと、保身に走る国会議員たちだけでなく、メディアまでもがそう主張したのである。そして、唯一憲法と矛盾しない日程であった菅プランが潰れたことを、皆が喜び、自民党総裁選に夢中になっている……。  やはり、殺されたのは菅義偉だけではない。同時に、憲法も殺されたのだ。菅義偉も、日本国憲法も、無惨に殺され、その死体は打ち捨てられ、弔う人とていない。  しかしどうやら、この連続殺人はこれで終わりというわけでもなさそうだ。  憲法の規定なんぞどうでもいい。菅義偉の日程案は言語道断である。まずは自民党総裁選挙だ。河野だ岸田だ石破だ高市だ……。朝野をあげて自民党総裁選挙に夢中になるあまり、コロナ対策のための補正予算審議も、コロナ対策として積み上げられたはずの40兆円の予備費も手付かずのまま忘れさられている。  このままいくと、市民生活そのものが、第三の被害者として、悲しい骸を晒す日がやってくる日も近いのかもしれない。 <初出:月刊日本10月号【菅野完氏】 著述家。’74年生まれ。サラリーマンの傍ら執筆活動を開始。『日本会議の研究』は、第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞受賞
―[月刊日本]―
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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