更新日:2022年01月26日 21:42
スポーツ

新庄ビッグボスはどんな野球をするのか。多彩な“上司遍歴”からその野球観を探る

ヒルマン監督と8年ぶりの再開

 そしていよいよ、新庄氏が日本ハムに入団した2004年の監督がトレイ・ヒルマン氏だ。前編でもお伝えしたとおり、ヒルマン監督は8年前の1996年ウインターリーグ先での監督として、すでに仕えたことのある人物だった。  ハウ監督と交流があったヒルマン監督は、前年のメッツで何があったかをハウ監督のまわりから収集していたとの話がある。つまり、8年前にすでに新庄氏のことを認識していたうえで、前年の職場でうまくいかなかった原因も把握し、日本球界復帰後の新庄氏とどう接すればよいのかを最大限理解しようとしてくれた上司こそヒルマン監督だったのである。  新庄氏が考える斬新なパフォーマンスを容認してきたのもヒルマン監督だ。ただ、それも自由にさせるのではなく、意見があるときは素直に伝えたともいわれている。打撃練習中にiPodで音楽を聞きながらバッティングを始めた新庄氏に「全員が音楽を聞きながら打撃練習をするようになるのはよくない」と伝えたところ、翌日からやめた話もある。

ヒルマン監督の日本野球へのアジャスト

 意見を尊重しつつ、自分の意見も伝えるという絶妙な配慮だったといえよう。外国人監督にとって、日本球界はメジャーとは違う野球だと言われている。よく言われるのは日本ではバントが多用されるが、メジャーからすれば非効率に見える。ヒルマン監督も1年目に、バントをしようとする流れをやめようとしたところ「バントを磨いて1軍にいる選手もいる」という反論を受け入れて、アジャストを目指したという。配慮したのは新庄氏のみならず、全体に対してだった。  結果、日本ハムは2006年に日本一まで駆け上がり、新庄氏はこの年に引退をする。開幕後にいきなり今年で引退発言をして望んだシーズン。監督としたら「ええ?!」と思うだろうが、それも受け入れて望んだヒルマン氏こそ、実はビッグボス新庄氏が思い描く監督像……いや、ビッグボスなのかもしれない。 文/佐藤永記
公営競技ライター・Youtuber。近鉄ファンとして全国の遠征観戦費用を稼ぐため、全ての公営競技から勝負レースを絞り込むギャンブラーになる。近鉄球団消滅後、シグナルRightの名前で2010年、全公営競技を解説する生主として話題となり、現在もツイキャスやYoutubeなどで配信活動を継続中。競輪情報サイト「競輪展開予想シート」運営。また、ギャンブラーの視点でプロ野球を数で分析するのが趣味。
Twitter:@signalright
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