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安倍元首相を吉田茂元首相に匹敵すると誰もが認めるであろうか/倉山満

安倍氏の国葬で世界は弔問外交を求めている

 安倍晋三元首相銃殺。痛ましい事件だ。改めて、ご冥福をお祈りする。岸田文雄首相は安倍元首相の国葬儀を決定したが、死してなお国論を二分、休まるところが無いようだ。
吉田茂氏 国葬

安倍晋三元総理銃殺事件を受けて、岸田文雄首相は1967年10月31日、吉田茂元首相の国葬以来、55年間行われていなかった「国葬」の実施を決定した 写真/産経新聞社

 安倍氏の葬儀に関し、外国からの問い合わせが殺到しているらしい。各国で異例の弔意だ。これを「安倍氏が偉大な外交家だった」と騒いだら、よほど頭がおめでたくできている。確かに生前の安倍氏は、アメリカだけでなく、その他の国々との親善に努めた。特にアメリカに加えてオーストラリアとインドを交えたクワッドの構築は、功績として讃えられる。対中包囲網の一環だ。  一方で、対露外交は地獄絵図だった。北方領土交渉で事実上の二島返還に舵を切ったが、おちょくられて終わった。ロシアは「領土の不割譲」を憲法に明記する有様だ。安倍内閣の対露交渉は、いかなる安倍御用でも「私だって安倍批判をすることもありますよ」とアリバイ作りに使われる体たらくだ。  現実を見よ。なぜ世界が安倍氏の国葬を求めているのか。弔問外交だ。

岸田首相はいっそのこと、ウクライナ事変の和平会議を仕切ってみては?

 弔問外交で真っ先に思い出すのが、ヨシップ・ブロズ・チトーだ。ナチスを独力で撃退したユーゴスラビアの独裁者で、戦後はスターリンと対決、ソ連に詫びを入れさせた英雄だ。「中立外交」を標榜、冷戦期に米ソいずれにも与しない国々を「第三世界」としてまとめあげた。その死に際し、対立中の米ソ両陣営から119か国の代表が参列した。ソ連がアフガニスタンに侵攻した、真っ最中だ。  この規模を上回るのが、昭和天皇。162か国から代表が参集。日本の役人たちは「世界の人々に失礼があったらどうしよう」と怯えていたらしいが、諸外国は「世界一歴史の古い日本に不利な事されても文句の言いようがない」と戦々恐々だったとか。日本の価値を一番知らないのが日本の小役人だったという笑い話だ。弔問外交では、普段ならば会えない人どうしが会える。国家首脳間で、普段はできないようなやり取りが可能だ。チトーの際も昭和天皇の際も、多くの弔問外交が繰り広げられた。  現在、世界の関心事は、ウクライナ事変だ。岸田首相はいっそのこと、ウラジーミル・プーチンとウォロディミル・ゼレンスキーを呼び出し、自分が和平会議を仕切ってみては如何か。もちろん、そうそう上手くはいくまい。しかし、戦っている当事者は、敵の情報が欲しいし、自分の意思を伝えたい。外交とはそういうものだ。何らかの行動をやってみる価値はある。

安倍元首相の国葬の中身と手続きには、疑義がある

 以上の理由で、私は安倍元首相の国葬に反対はしない。というよりも既に岸田首相が方針を固めたので、止めようがない。ただし、言うべきは言う。その中身と手続きには、疑義がある。  戦前は、国葬令が存在、「國家ニ偉功アル者」を国葬とした。この勅令が存在する以前から国葬は行われていた。勅令施行後は、皇族と元勲の他に、軍人二人が国葬となった。一人は東郷平八郎。日露戦争でバルチック艦隊を全滅させた世界史最強の名将だ。どこからも異論は来ない。もう一人は山本五十六。負け戦の大東亜戦争の最中に、戦意高揚のために国葬とされた。  そもそも国葬は、政治利用が付きものなのだ。慎重に基準を設けた方がいい。
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