ライフ

本名を決して他人に明かさない哲学仲間の信念とは?【コラムニスト原田まりる】

名刺は「よ」一文字。彼の持っている哲学とは……?

 不気味すぎるが、彼の中での理屈はこうであった。どのみち名刺交換は避けられない。「ならば情報がひたすら無い名刺を作るしかない……!」と。そして普通の白地に「よ」を黒字で印字すると目立ちすぎると思った彼は、黒のスケルトン台紙に黒字で「よ」を印刷し、木を森に隠す作戦で「よ」という文字さえも極力見えないようにしたのだ。これですべての悩みが解消したように思えた彼だったが、その名刺を配っていく中で新たな悩みに直面することになる。  それは、いくら熱心に営業しても一切仕事がこない……という問題だった。しかし彼は実力が保証されたプログラマーであった。これは「よ」の呪いなのか……はたまた当然のことなのか、一切社会的信用が得られず、仕事がこないといった社会の厳しさを目の当たりにしたのだ。  このままでは社会に淘汰されてしまう。  そう考えた彼は別ベクトルで目立たない名刺を考えた。後日「田中裕介」というなんとなく日本人男性に多そうなオーソドックスな偽名を思いつき、「田中裕介」名刺をつくることにしたという。  「よ」から「田中裕介」への転身は大きな経済効果をもたらした。  なんと、「田中裕介」にはようやく仕事が舞い込んできたのだ。  なぜここまで頑なに本名を他人に明かさないのだろうか。そもそも私も彼の本名を知らないので、人に彼を紹介するときは意識的に「田中さん」と呼ぶようにしているので、その度、共犯めいた気分に陥ってしまう。そんな彼に「なんでそこまでして名前を隠すの?」と聞いてみたとき、「俺はエピクロス主義だからさ……」と呟いた。 「つまりどういうこと?」 「隠れて生きよ、が俺の信念だから」  隠れて生きよ、は哲学者・エピクロスの有名な言葉である。どうやら彼はエピクロスの考えに感銘を受けて日々、身を潜めながら過ごしているらしい。社会性を追求することと、生き様を追求することは相反することがある。彼にとっては社会性より生き様を追求することの方がずっと価値があるのかもしれない。そんな普段考えないような哲学的な問いに触れるきっかけに……9月30日発売『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』をどうぞご贔屓に!

新刊をどうぞよろしくお願いします

【プロフィール】 1985年 京都府出身。コラムニスト・哲学ナビゲーター。哲学の道の側で育ち高校生時、哲学書に出会い感銘を受ける。京都女子大学中退。哲学、漫画、性格類型論(エニアグラム)についての執筆・講演を行う。Twitterは@HaraDA_MariRU 原田まりる オフィシャルサイトhttps://haradamariru.amebaownd.com/ 著書に「ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。」(ダイヤモンド社)「私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)がある。
1
2
ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。

原田まりる最新刊!


私の体を鞭打つ言葉

突如、現れた哲学アイドル!「原田まりるの哲学カフェ」を主催する著者が放つ、抱腹絶倒の超自伝的「哲学の教え」

おすすめ記事