落合博満GMが解任!落合が消えた球界が失うものとは…
去る12月20日、中日ドラゴンズ落合博満GMの退団が発表された。公式には2017年1月末の契約満了が理由とされているが、各方面で様々な憶測を呼んでいる。落合解任を要求する脅迫状が届いていたことを白井文吾オーナー自らが明らかにするあたり、事態は複雑なのだろう。
確かに落合氏がGMに就任してからの成績は芳しくなかった。目立ったのは大幅な年俸削減によるコストカットと、谷繁元信前監督との不仲騒動ぐらいのもの。一部の中日ファンは、“暗黒時代”としてカウントしているかもしれない。
だがそうした手腕に対する評価は評論家に委ねたい。筆者が懸念するのは、落合博満のいない球界そのものである。現場からまともな「言葉」を持った人物が消えるという、その事実である。
では、普通の野球人とはどこが違うのだろう? まずは専門の野球に関する発言から見ていきたい。
97、98と2年連続で首位打者に輝いた鈴木尚典選手(当時・横浜ベイスターズ)の打撃フォームについて実況アナウンサーから訊かれると、こう断じたのである。
<彼には致命的な欠点がいくつかある。ただ、今はそのマイナス同士がかかり合ってプラスになっているだけ。>
暗に“そのうち打てなくなるだろう”と予言してみせたわけだが、大事なのはそこではない。並の解説者なら、やれ身体の開きだの肘や肩の位置だの、はたまた足でのタイミングの取り方だとかの些事に終始してしまう話だろう。これを野球経験者以外にも分かるレトリックで明らかにしてみせたのが落合氏のスゴさなのだ。
もちろん、詳細な技術論はあるはずだ。しかしそのままぶちまけたところで業界の内輪話にしかならず、部外者に伝えるためにはコードを変換する必要がある。落合氏の話が門外漢にも“通じる”のは、その作業を怠っていないからなのだ。
野球以外にも社会とつながる手段がある落合氏だからこそ、語り得る言葉なのかもしれない。
NHKの年末番組『ねじめ正一の年越し好奇心トーク』からのワンシーン。ここで落合氏は、選手の多くが監督就任を目指し出世競争に励む状況に疑問を呈している。
彼が社会人チームに所属していた20代のときの話。平社員だけが集まる会(「ペーペー会」)があり、その気になれば役職につける40代から50代の人間もいたのだという。
そこで落合氏は、自由であることの意味を次のように見出している。以下は映像音声から書き起こしたものだ。
(「なぜ落合さんみたいに自由になれないんでしょう?」とのねじめ氏の問いに)
<出世したいんですよ。エラくなりたいんじゃない?
(ペーペー会の40、50代の人に)話を聞くと、現場で若い人たちと仕事しているほうが楽しいんだと。それを聞いてこういう社会もあっていいんだなと思った。
野球も同じ。有名になって監督になるのが出世コースだけど、監督なんてそんなにいい仕事かね。>
もちろん、現代の会社組織が「一生平社員」でいることを許すかどうかは意見が分かれるところだろう。それでも、競争とセットの平等という原則が息苦しさの要因なのではないかとの問題提起は重要だ。
管理職には管理職として、平社員には平社員としての固定したクラスのまま、それぞれのカルチャーを醸成していく中に多様な幸福が生まれ得る。そう分析しているのである。これがイギリスの詩人T・S・エリオットにも通じているから面白い。
<大切なのは、「最上層」から「底辺」に至るまで、幾層もの文化レベルが相接して存在する社会的構造である。上層をなすレベルは下層をなすレベルよりも多量に(筆者註・原文では傍点)文化を蔵していると見なすべきではなく、上層をなすレベルは意識化の度合いの高い文化、より専門化した文化を表しているに過ぎないということを心に留めておくのは重要である。>
(T・S・エリオット『文化の定義のための覚書』 監訳:照屋佳男・池田雅之 中公クラシックス pp.93-94)
落合のいない球界は「言葉」を失う
野球のことを、野球の言葉を使わずに語れる稀有な人

’11年に退任、著書がベストセラーに
詩人・ねじめ正一との対談で、出世競争に疑問を投げかける
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