ブラック労働に苦しむ“雇われ僧侶”からの告発文…修行か労働かの線引きが曖昧な実態
ブラック寺院が表沙汰となったのが、昨年4月に判決が出た真言宗御室派総本山仁和寺(京都)の騒動だ。同寺院が運営する宿坊「御室会館」の料理長を務めていた男性が、労使訴訟を起こした。男性は、一時期は349日も連続勤務をさせられ、一日のうち休憩は1時間あるかないかだったという。
男性の原告代理人を務めた塩見卓也弁護士は裁判をこう振り返る。
「男性は、ワンオペ状態で毎日のように泊まり込みをせざるを得ないような生活を強いられ、うつ病を発症しました。訴訟中、仁和寺は『男性従業員は1日6時間以上の休憩をとっている』などと支離滅裂な主張を繰り返していましたが、ほぼ全て認められず、最終的に男性に、未払い残業代や損害賠償金など合わせて4200万円以上の支払いを命ぜられました」
この事件は、雇う側である寺側の体質や頭の中が、いかに時代遅れであるかを象徴している。
別の弁護士は匿名を条件にこんな話を聞かせてくれた。
「例えば、檀家(布施で寺院の財政を助ける家)の家主が亡くなって、普段遠方に住んでいる親族が家を相続する際、『土地をうちの寺に寄付するのが筋ってもんだろ』などと言い出すこともあります」
これについて、塩見氏は、「特に京都では、名刹古寺が強い社会的権力を持っています。社会の中でそれほどの権力を持ってしまっている以上、そもそも法律を盾に誰かが自分たちに歯向かってくるということすら想定していないのかもしれません」と推察する。
「他力本願」とは、本来は阿弥陀仏の本願によって救済されるという意味だ。それを忘れて、社畜ならぬ「仏畜」の労働力頼みの寺院ばかりとは、神も仏もあったもんじゃない……。
<ブラック化する3要素>
・修行か労働かの線引きが曖昧
・寺が社会的権力を持っている
・時代の変化に仏教界が未対応
― [教師・警察官・僧侶]のブラック労働が止まらない ― 1
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