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銀座の高級クラブで働いて学んだ「1軍の試合で負ける」大切さ

 歌舞伎町のキャバ嬢は当時、彼女たちが読む雑誌に頻繁に出てくる桃華絵里さんや愛沢えみりさん、一条あおいさんを目指していました。

 当たり前ですが、歌舞伎町で銀座のママを目指したいと思っている人はいません。

銀座のママを見よう見まねで真似した日々


出掛ける和服女性2人 私はほんの2~3年銀座の高級クラブで働いたことがある程度で、売れてもいなかったので、銀座のママと個別に話すこともなく、仲良くなることもなく「銀座のなにを知ってるの?」と言われたらハテナしか浮かばない状態でした。

 しかし、歌舞伎町では誰も銀座のママを目指す人がいなかったので、私の「なんちゃって銀座のママ」は通用しました。というか通用してもいなかったのかもしれませんが、なんとなく受け入れてもらえました。

 これが、歌舞伎町のアップスのはじまりです。アップスはキャバクラで、私の肩書きは「社長」か「店長」と名乗ればいいところをわざわざ「ママ」と名乗り、毎日レンタルの着物を着て「銀座で見たこと」を最大限に思い出して、見よう見まねで「銀座のママのように振る舞うこと」を頑張っていました。

 歌舞伎町アップスの一番はじめのコンセプトは、「銀座で飲んだ気分になる」でした。

「銀座」の次のコンセプトは「家族的」


 やがて、開業から数年経ち「アップス」の店長や黒服や女の子たちのカラーができてきたころ、「歌舞伎町なのに銀座」というコンセプトは役目を終えることになります。

 なぜかうちのスタッフは心根が優しい人が多く、お客様が寝てしまったら起きるまで待っていたり、駅まで送ってくれていたりと、まるでお客様と家族のような関係を築くスタッフが多くなってきたのです。

 それを実感した私は、「家族的」というコンセプトに変更しました。

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「銀座の中のちっちゃい歌舞伎町」を目指してみよう

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