雑学

まるでリアル『火垂るの墓』…農家の納屋に住んでいた姉妹の壮絶人生

 幼少時代、貧困だった人間にも、苦労を笑顔に変えるご馳走があった。母が、父が、祖母が作ってくれたその料理は、質素でありながらも、彼らにとって忘れることのできない思い出として残っている。そんな「貧困飯」を、悲しくも愛情に満ちた数々のエピソードとともに紹介する感動企画。

 飽食の時代といわれる昨今とは違い、昭和の食卓には貧しさに抗うべく手作り料理のアイデアが溢れていた。世代ごとに異なる貧困飯。当時の世相と合わせて振り返ってみる。

大根の葉っぱのすいとん

《大根の葉っぱのすいとん》煮干しで出汁を取り、醤油で味つけしただけのすいとんは、いまでは味わえない昭和の素朴なうまさに満ちていた

「親戚の家族の残りを姉と分け合って……すいとんは、本当にご馳走でした」

沼田理恵さん(仮名・62歳・静岡県生まれ・飲食店勤務)

「親戚の家族の残りを姉と分け合って……すいとんは、本当にご馳走でした」

 沼田さんが物心ついたときには、母親がおらず、「農家の納屋」で3歳上の姉と暮らしていたという。

「2人とも学校に行ってなくて、ひらがなを覚えたのは13歳でした。姉が、棒で地面に書いてくれたのを覚えました」

 いまなら施設に保護されているはずだが。

「父親がいたのでほっておかれたんだと思いますが、父は旅役者をやってて、ほとんど帰ってきませんでした」

 父親は時折、まるで娘たちの生存を確認するように現れたという。

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盗みを怒るどころか、握り飯を恵んでくれることも

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