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置き去りにされる「6割以上の人々」<著述家・菅野完>

「世の中の6割以上の人々」を直視せよ

 一方の自由民主党。自民党はそもそも「世の中の6割以上の人々」を相手になどしていない。自民党が選挙に強いのは、畢竟、この点に尽きるだろう。  かつて森喜朗が「無党派は寝ていてくれればいい」と発言し物議を醸したことがある。今回の統一地方選挙に際しても、自民党の栃木県連副会長を務めている板橋一好県議(当選13回!)が昨年12月の県議会委員会のなかで「投票率を上げなくていい。関心のない人に投票させたら、ろくな結果にならない」「関心のない人には投票してもらいたくないのが本音だ」との趣旨の発言をしたことが発覚した。  確かにこれらの発言は不謹慎ではあろう。しかし「選挙に勝つ」という、その一点において、これほど賢明な発言もない。  なんとならば、森や板橋の発言は「結局、『支持してくれる人』『支持してくれそうな人』『クレームを入れてくる人』の3者しか選挙にこないのだから、そのうち『支持してくれる人』『支持してくれそうな人』の二者を固め『クレームを入れてくる人』を切り捨てるのが選挙というゲームに勝つ秘訣である。その戦略を完遂するためには、よくわからない人々はそもそも母数に入ってほしくないのだ」と、勝負師のような冷徹さで「勝つことだけ」に照準を定めて「ゲームのルール」を解説したに過ぎないのだから。  こうした自民党の冷徹さを踏まえれば、例えば玉木雄一郎代表率いる国民民主党の情宣活動がいかに愚かしい児戯に等しいものであるか理解できるはずだ。  玉木氏は「ネット世論」とやらに鋭敏である。確かにSNSでの玉木氏のプレゼンスは高いし、彼に対する賞賛の声や国民民主党への支持の声はSNS上で極めて目立つ。  が、政党支持率を見てみればいい。今や国民民主党の政党支持率は、共産党にはるか及ばず、れいわ新選組に追い抜かれ、調査によっては参政党やN国党にさえ抜かれるという極めて情けない状態にある。当然の結果だろう。「『世の中の6割以上の人々』を除外した母数の中にだけに存在する『国民民主党を支持してくれそうな人』をターゲットにする」というものである以上、ジリ貧になるのは初歩的な四則演算でわかるはずだ。

「世の中の6割以上の人々」の不幸

 しかし不幸なのは「世の中の6割以上の人々」である。  政権与党たる自由民主党は、そもそもそれらの人々を相手にしていない。連立与党の公明党は、それらの人々を除外した母数の中に存在する創価学会信者だけを相手にしている。野党第一党たる立憲民主党は、それらの人々を除外した母数の中にだけ存在する「立憲民主党にクレームを入れる人」の意見に戦々恐々としており、共産党もそれらの人々を除外した母数の中に存在する「支持してくれる人」だけを相手にしている国民民主党は、世の中の6割の人を除外した小さい母数の中に存在する本来的には極小の存在にしかすぎない「支持してくれそうな人」だけを相手にしている。そして余後はそもそも特殊な政党ばかり……というのが、いまの「国政政党の分布図」だ。誰一人として「世の中の6割以上の人々」を見据えていない。  もちろん、純戦略的に言えば、「世の中の6割以上の人々」を切り捨てる自民党の戦略が正しい。そうであればこそ選挙に勝てる。選挙にくる人の層が決まっている以上、その層自体がいかに微少なものであっても、その中で過半数を獲りさえすればヘゲモニーは握れる。効率よく勝つために層そのものを小さくし続けようとするのは極めてクレバーな動き方とさえ言える。  しかし同時にこれは勝者のみが採用できる戦略でもある。勝者であればこそ、層そのものを小さくし続けることができる。  挑戦者にはそれができない。挑戦者に残されたものは、もともと小さい層のうち、勝者が過半数を取り去った、いわば「食べ残し」である。その食べ残しの中に存在する「支持してくれる人」「支持してくれそうな人」「クレームを入れてくる人」のあいだに立ち、右顧左眄(うこさべん)し狐疑逡巡の態度を見せていては、一生、勝機など訪れようはずがない。  ならば「世の中の6割以上の人々」を直視する他ない。その具体的なありようが、勧誘なのか啓蒙なのかはともかく、置き去りにされた「世の中の6割以上の人々」に飛び込むしか手段はなかろう。  そうしてこそはじめて、改選前わずか10議席であった立憲民主党が一躍15議席までに飛躍した、小西洋之の地元・千葉県議会議員選挙のような勝利を、手にすることができるだろう。 初出:月刊日本2023年5月号
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月刊日本2023年5月号

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