雑学

美しすぎるタイ・バンコクの安宿オーナーを直撃「お見送りの言葉は『さようなら』じゃなくて『いってらっしゃい』」

 バンコクのカオサンが“バックパッカーの聖地”と呼ばれるようになって久しい。1980年代から安宿がこの街に増え始め、世界中からバックパッカーが押し寄せるようになった街である。カオサンを逗留地として選ぶ日本人旅行者も増え、それに合わせ日本人経営のゲストハウスや旅行代理店、日本食店もカオサンに増え始めた。

 ところがいつからかバックパッカーが減少、2010年を過ぎたあたりから上述した日本人経営の店舗や会社が徐々に消えていく。それでもなおこの街を選び、この街で生き続ける日本人がいる。「バックパッカーの聖地カオサンで根を張り生きる日本人」の第1回目は、カオサンでゲストハウスを運営するゆかりさん。

 短期バイトで貯金し旅を続けていた彼女が、カオサンでゲストハウス「Long Luck」を始めることになった経緯に迫った。

外観

一軒家を改築したゲストハウス「Long Luck」

旅にハマり20代で44ヶ国を巡る


 ゲストハウス敷地内に設けられた屋外スペースには、横臥できるようゴザが敷かれ、若い旅行者数名がこの場所で思い思いに過ごしている。

 私は椅子に腰をかけしばらく待っていると、シャワーを浴び終えたばかりのゆかりさんが現れた。化粧っ気はほとんどなく、濡れた髪を乾かしながら私の前に座る彼女は、「Long Luck」に宿泊する旅行者のようにリラックスし、運営者とは思えないほど溶け込んでいる。

 もともと彼女も旅人だった。20歳から30歳までの間に、世界44ヶ国を旅したという。

「旅をしていて一番危なかったのは、メキシコのコスメル島でデング出血熱を発症したときでした。弱っていたからかアメーバ赤痢やヘルペスも併せて罹ったんです。高熱が出たうえに血圧が38まで落ちて、死にそうになりました」

ゆかりさん

「Long Luck」運営者のゆかりさん。笑顔が絶えないハツラツとした女性だ

 神奈川県湘南出身のゆかりさん、32歳。彼女がゲストハウス「Long Luck」をカオサンで始めたのは約1年前。カオサンでゲストハウスをやりたくてタイへ移住したわけではなく、ある出会いがあったからだと言う。

 高校を卒業したゆかりさんは、20歳のときイギリスへ留学。イギリス滞在中に出会った一冊の本により、旅狂いへのスイッチが入った。

「高橋歩さんの著書『Love & Peace』を読み、“旅に出たい!”って刺激されたんです」

 彼女は帰国後、旅に出るために短期バイトで貯金。1年から3年ほど海外へ旅に出て、貯金が尽きると日本へ帰国。ふたたびバイトで貯金して海外へ飛び出す。

 20代だった彼女は旅のために働くライフスタイルを貫き、それは30歳まで続いた。

バンコクで待っていたのは極貧生活


「実は30歳のとき、婚約した彼氏がいたんです。でも縁がなかったんでしょうね。別れちゃって」

 30代は結婚して幸せな家庭を築くのだろうと、漠然とながら思っていた。これまで働いてきた短期バイトは、職種にこだわることなく、旅の資金を短期間で稼げるかで選んできた。そんなゆかりさんも30歳を迎え、自問自答するようになる。

三十路となった私が今後何年、いまのような短期バイトを続けられるだろうか。社会経験の乏しい自分が、30代でどういった仕事に就けるのだろうか

 旅に夢中になり突っ走ってきた20代を終え、彼女は深い迷いに入り込んだ。そんな彼女を見計らったかのように、予期せぬ話が舞い込む。

 2015年3月のことだ。この話をきっかけに、人生の舞台がバンコクへと急速に引き寄せられていく。

「バンコクで一緒にゲストハウスをやらないか?」

 数年前、バンコクで知り合ったタイ人男性ピジューからの提案だった。彼の話では、カオサンなら300万円で一軒家を改築しゲストハウスを完成させ運営が出来るという。

 2人で出資すれば150万円ずつ。改築費150万円で、ゲストハウスを海外で運営できるなら決して高くはない。ピジューとは数年来の友人でもあり、共通の知人も多かったことから、信用できる男である。

 とんとん拍子で共同運営が決まり、2015年11月初旬から内装工事が始まった。

思い出ノート

バックパッカーたちの思い出がつまったノート

 ところが、とんとん拍子に進んだのは工事が始まるまでだった。ピジューから「目標はクリスマスにオープン」と聞かされていたゆかりさんは、工事開始1ヶ月後の12月半ば、彼から言われた通り150万円を持ってバンコクへ飛んだ。

 夢を抱きバンコクへと降り立ったゆかりさん。彼女を出迎えたのは資金難という危機だった。 ピジューが用意した150万円は工事費などへの支払いですでに皆無。 彼女が持参した150万円も人件費などで瞬く間に底を尽きた。

 300万円で一軒家を改築しゲストハウスの運営を始めることなど、物価の安いタイであっても夢物語に近いだろう。ピジューの計画はあまりにも稚拙だった。そんな計画に乗った彼女自身も甘く、ピジューを責めることなど許されない。このまま頓挫してしてしまうのか……。

 年が明けた2016年1月、二人の所持金は3000バーツ(約1万円)を切り、三度の飯にもありつけない極貧状態に陥った。

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手を差し伸べてくれてくれた友人たち

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