家族や子供のために女装をやめられるか?――女装小説家・仙田学の決断
家族のために女装を諦めると、死ぬときに後悔するだろう。
家族のために女装をやめることは、家族の自由を奪うことになりかねない。
世間体を気にして女装を犠牲にするなど、圧力を加える側に加担することでしかない。
私のそんな信条は、親もとを離れて新たな家族を作ったとき、壁にぶちあたることになる。
私が結婚したのは36歳のとき。4年ほど同棲をしていた彼女と籍を入れた。
結婚した翌年に、15年以上ぶりに女装をしようと思っている、と告げたところ妻に猛反対された。
私は戸惑った。
家族や友人たちからは、面白がられたり応援されたりすることはあっても、反対されたことはなかったのだ。つきあいだした頃から、女装癖のことは話してもいた。
ましてや趣味の女装ではなく、小説家として依頼を受けた仕事。連載の第1回で書いた、篠山紀信氏に女装グラビアを撮っていただく、という企画だ。
当然、妻も喜んでくれるはず、と思いこんでいた。誇りに思ってくれるだろうと。だが妻からは、断ってほしいと懇願された。
そうせざるをえない状況に、妻はおかれていた。
私たちの最初の子どもが生まれて間もない頃だったのだ。
「この子が大きくなって、あなたの女装姿の写真を見たらどう思う? かわいそうだよ」
母親としての妻の気持ちを、頭ではわかったつもりでいた。
一方で、久しぶりに女装ができる、しかもグラビアデビューだとうかれていた私には、そのじつ半分も理解できていなかった。いつか見られたとしても、自分の子どもならわかってくれるはず、と信じこんでいた。
私は反対を押しきって撮影現場に向かった。
女装姿で文芸誌の表紙を飾っている私の写真を見ると、妻は顔を曇らせたが何も言わなかった。
妻が女装を認めてくれたこともあった。
あるトークイベントで、女装姿で対談をしたときのこと。
妻は自分の道具で、私にメイクを施してくれた。同じやり方のメイクをされたので、並ぶと顔がそっくりになった。イベント中にも写真撮影をしてくれた。
かと思えば、女装が耐えられないと改めて訴えられることも。
可愛い女装子とハッテンしてしまうのでは、と不安になるのだと。
女装趣味の夫を持つ妻の不安は尽きない。連載の第6回で紹介したように、新宿2丁目の女装サロンバー「女の子クラブ」のお客さんは既婚男性が多いそうだが、そのほとんどの方は女装趣味を家族にカミングアウトできずにいるという。
義父母からも釘を刺されたことがある。
「学君、女装はやめてくれないか?」
と面と向かって諭されたのだ。
「子どもたちのことを考えてみなさい、お父さんが女装してるなんてまわりに知られたらいじめられるよ」
言葉を尽くして私は反論した。そんな社会を変えたいんですといいながら、いちばん身近な家族すら説得できていない矛盾には目をつぶった。
しかも途中でうっかり妙なことを口走ってしまう。
「まあ僕が親でもそういいますけどね。娘のダンナの趣味が女装だったら、全力でやめさせます」
……なぜそんな言葉がでたのかはわからない。とっくの昔に棄教したはずの「世間様教」という宗教が、私の口を借りて喋っているかのようだった。
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