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電車内でマウントし合っていた男女の会話は、とんでもない方向に舵を切った――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第45話>

「グリーンピースは重力場なんだよ」もはや意味不明だった

 「ある時、そもそもグリーンピースってなんだろうって思ったわけ。いうまでもなくグリーンなピース、でも本当にそれはグリーンなのか? 果たしてグリーンなのか? それは錯覚じゃないか? と感じたわけ」  また訳の分からないマウント合戦が始まる。女性の方も、普通に男性のうなじが好きと答えてしまった失点を挽回しようと、ここで食い下がる。  「目に見えている色が本質ではないってことね。黒は本当に黒なのか。緑は本当に緑なのか。この空は本当に青いのか。そう見えているだけなのかってことね」  僕はもう、また何か始まったと目をグリーンピースみたいにしてマゴマゴするしかなかった。 「たぶんきっと、意識としてのグリーンなんだと思う。目に見える色は関係ない、脳の中で局在化した存在が意識としてグリーンなんだ。グリーンピースにはそれがある。あれが赤でも構わないわけなんだよ」  どうでもいいいけど「局在化」って単語好きだな。しょっちゅう出てくる。 「そういった意味ではグリーンピースは重力場なんだよ。シュウマイの上に乗ってるだろ、あれはシュウマイに歪を起こして、空間座標の変異をスカラー波として……あそこだけ空間が歪んでいるんだ!」 「てっきりアイコンとしての存在だという認知だったけど、重力場とはね、てっきりテンソル場との関りだと思ってたわ。やられたわ」  もうわけわからねえよ。なんなんだよ、グリーンピース。  「そうなると、悪くないわね、グリーンピース」 「だろ?」 「わたしにもグリーンピースフェチの要素があると思ってた。それに今気づいた」  おめえ、さっき男性のうなじフェチとか言ってたじゃねえか。普通に言ってたじゃねえか。なんなんだよ。  結局、「グリーンピースを緑と思わせることに昨今の英語教育の問題が潜んでいる」みたいなよく分からない会話をしながら、二人は武蔵小金井で降りて行った。本当になんだったんだ。あの会話。  フェチとは複雑なものである。そして、往々にして特別なものだ。きっと僕が下着フェチを理解しないように、彼らのグリーンピースフェチを理解できないように、僕の髪フェチは理解されないのかもしれない。  でも、それは悪いことではなく、当たり前のことなのだろう。  フェチとは偏愛だ。執着だ。その気持ちはきっと本人にしか分からないのである。 「いやあ、すごい意味不明な会話でしたね」  あまりの事態に、隣に座っていた若者が僕に話しかけてきた。彼もずっと二人の会話を聞いていたようだ。あまりの事態に、分かち合おうと話しかけてきた。 「俺、ああいう訳の分からない会話大好きなんですよ。訳の分からない会話フェチなんですよ」  若者はシナプスがガンガン出て局在化しているような晴れ晴れとした顔でそう言っていた。 「なるほどね」  僕はそう答えつつも、訳の分からない会話フェチなんて変わったフェチがあるなあ、と考えつつも、その若者の長髪が艶々していて綺麗だったので、良い髪してるなあ、触ってみたい、と考えていた。  やはり僕は髪フェチなのである。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(@mamiyak46
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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