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お金のない自由ってホントに自由なの? 日雇いフリーランスの遠吠え

―[負け犬の遠吠え]―
ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。 それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。 「マニラのカジノで破滅」したnoteで有名になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載は23回。  今回は、元会社員の犬さんがフリーランスと会社員の自由度について考えたみたいです。
犬のTwitterプロフィール

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サラリーマンのほうが自由なのでは?

 時間の流れは歳を取るごとに本当に早くなっていて、5年間続けたサラリーマンを辞めてから1年と3ヶ月が経った。ここまでの6年間の嫌な思い出も良かった思い出も昨日のことのように思い出せるし、未だに間違ってなかったと思っている。多重債務者で返済を含めた毎月の固定費が30万近くかかる最悪な生活を送っていることは一旦置いておくものとする。  サラリーマンを辞めようと思ったのは、退職の2年前だった。その時は上司二人に挟まれた説得の末に部署異動で新しいことをするという仮初の目標に納得する形で続けたが、その1年半後に再び辞職を決意。さらに3ヶ月後に辞表を提出し、そこから3ヶ月間引継ぎ業務や新事業の鉄砲玉をして退職に至った。  当時は立場や権限、責任の量が増えれば増えるほどに気が重くなり、給料が上がってもそのストレスが改善されることはなく、評価のピラミッドの中で切磋琢磨するのが向いてないと思い込んで辞めたのだが、実際のところ思い返してみると、当時サラリーマンとして働くメリットを振り返ることはなかった。お得意の逃げ癖で「自由な生活」を求めて猪突猛進してしまったが、こうして日々の仕事を探してはその金で食いつなぐ生活を続けているうちに「もしかしてサラリーマンの方が自由なのでは?」と思い始める。

前進しなくてはならない呪いにかかっている

 借金のせいで見え辛くなっているが、現在の僕は言うなれば「フリーランスの日雇い労働者」である。知り合いやインターネットの人から仕事を紹介してもらい、その予定のパッチワークでカレンダーを作っている。ほぼ固定のシフト制で、例えばコンビニや飲食店のレギュラーバイトとして働くことには抵抗があった。実態に変わりはないのに、元々バイト叩き上げで社員になっていた自分としては、それがまるでサラリーマンの前段階に見えて受け入れられなかった。
フリーランス

※写真はイメージです

 脱サラは前進しなければならない呪いのようなもので、働き方を考えれば考えるほど意固地になっていき、何の仕事をしても結局「それじゃあ脱サラした意味がないんじゃないか」と思えてくる。別に新しい生き方を見つけようとしたり大義があって辞めたわけでもないのに、人は岐路に立たされた途端に自分の選択は何か大きなものだと勘違いしてしまう。その逡巡こそが停滞だというのに。  毎月末に顔を背けたくなるほどの金額が請求される。僕は2ヶ月ほど前からクレジットカードや消費者金融の返済が滞り、ほとんどのカードが使えない状況だが、返済を諦めたわけじゃなく、優先度の高い20万円近くを支払ったら財布が力尽きてしまうだけなので、一応借金自体はコツコツと返済を続けている。もうすぐ130万円借りた場所への月10万円の返済が終わり、一つ身軽になる。諸カード会社には柔軟にそこまで待って欲しかったが、カード会社側からすれば、ただ金を借りて途中で返せなくなった有象無象にそこまでしてやる義理はないし、知りたくもない。確かに。ぐうの音も出ない。
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自由を渇望して会社を辞めたのに
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